第596話 安堵

 気付くと、リンたちは古来種の里の近くにある森の中に戻って来ていた。いつの間にか夜が明け、柔らかな朝日が降り注ぐ。

「帰って来た、のか」

「そうみたいだな」

 よっと言って、リンの近くにいた克臣が立ち上がる。彼の傍にはユキとユーギが互いに抱き締め合っていて、克臣に肩を叩かれてぎゅっと閉じていた目を開けた。

 見ればジェイスの傍には唯文が、クロザのところには春直がいて、それぞれ安堵の表情で目を開けている。

 リンはようやく体の力が程良く抜け、ほっと胸を撫で下ろした。そんなリンに、ジェイスが笑いながら声をかける。

「ふふ。リン、そろそろ話してあげた方が良いんじゃないかい?」

「……え?」

 きょとんとしたリンが、己の手が抱き締めている何かを見下ろす。そこには見慣れた灰色の髪が広がっており、髪の間から覗く耳や肌は真っ赤に染まっている。無意識に髪をかき上げてやると、至近距離にリンにしがみつく晶穂と目が合った。

「――っ」

「~~っ」

 リンの赤い瞳に晶穂が、晶穂の青い瞳にリンが映る。

 普段ならば、ここで互いに距離を取って落ち着きを取り戻すはずだった。しかし、今回は晶穂が動く。

 晶穂はリンの胸に額をくっつけ、そっと両手を彼の背に回す。ぐっと力を入れると、リンがびくりと驚いた。

「晶穂、どうし……」

「本当に、戻って来なかったらどうしようって思ってた」

「……」

「でも戻って来てくれて、本当に嬉しい」

「……俺も、こうやって触れられて嬉しいよ」

 邪険にするのも違う気がして、リンは珍しく素直に晶穂の背中を撫でた。すると嬉しそうに小さく微笑んだ晶穂は、リンにしか聞こえない声で「おかえりなさい」と呟く。

「ただいま。迎えに来てくれて、ありがとな」

「うん。……それは、みんなにも言った方が良いんじゃない?」

「それもそうだ」

 晶穂から手を離し、リンは仲間たちに向かって照れ笑いを見せた。

「迎えに来てくれて、ありがとうございます。みんなのお蔭で、戻って来られました」

「お帰り、リン」

「お帰りなさい、団長」

「リン、よく戻ったな。ユキが泣きそうになってたぞ」

「克臣さん!」

「――っ!」

 余計な一言を受け、ユキが克臣の足を思い切り踏む。悶絶してしゃがみ込んだ克臣を見て、ジェイスはやれやれと肩を竦めた。

「自業自得だな」

「ほんとだよね。……ふふっ」

 ジェイスに同意したユーギが笑い出し、その笑いが伝染して行く。最後にはリンと晶穂も笑い始め、クロザとゴーダを驚き呆れさせた。

「……お前ら、呑気だよな」

「だな」

 二人の掛け合いを聞き、リンが微笑んだ。

「呑気というか、これくらいではへこたれないって言った方が正しいかな」

「色々経験して、たぶんこれからもたくさんのことがあるけど……みんなと一緒ならきっと大丈夫って思えるんだよ」

 春直もそう言って「ね?」と同意を求める。すると唯文やユキが頷き、ジェイスも目元を和ませた。

「まあ、そういうことだよ。呑気とはまた違うけれど、最終的には悲観的にならないようにしているんだろうね。無意識に。……一度、本当に終わりだと思ったこともあったから、それの比べればっていう感じかな」

「へぇ」

 クロザが視線を移せば、早速克臣にからかわれたリンと晶穂が立ち上がって互いに少し距離を取っていた。しかし、クロザからもわかるくらいには互いへ向ける視線が優しい。

(ほんと、かなわねぇわ)

 たった一人の仲間のために、全員が力を尽くす。それが銀の華なのだ、と改めて実感させられた。

「……そういえば、種探しはまだ続くんだろう? 次に行くあてはあるのか?」

「一応はな」

 ゴーダに問われ、克臣は指を折りながら応じた。

「ノイリシア、竜化国には行く。それから行くことになるかはわからないが、スカドゥラも候補に入れておくべきだろうな。後は、神庭くらいか」

「庭に種があるという話は聞いたことがない、な。耳にしたらすぐに教える」

「助かる」

 そう言って、克臣はうーんと伸びをした。実感はないが、時間の経過を考えると全員徹夜したことになる。気付いてしまうと、人間というものは眠くなるらしい。

 くわっと大きな欠伸をすると、克臣は「一旦里に戻ろうぜ」と提案した。

「移動するにも体力は回復させないといけないだろ。里で一日泊めてもらって、明日の朝出発するのが良いと思うんだが、どうだ?」

「賛成です。みんな寝不足ですし、休息しましょう。その時間くらいは、確保しても誰も怒らないと思います」

 克臣の提案に晶穂が賛同したのを皮切りに、その場にいた全員が休息に賛成した。それから一路、里へと歩みを進めた。


 同じ時、アルファはリンたちを後ろから眺めていた。彼らの姿が森から消えてしまうと、アルファは自分の傍にずっといてくれている動物たちの頭を撫でてやる。

「みんな、あるふぁね、やってみようとおもうんだ。……とおくまでいけるかっているちょうせん。だから、いっしょにがんばってくれる?」

 創りものである兎たちに触れ、アルファは嬉しそうに微笑んでいた。その後、動物たちと共にもう一度自分が創り出した方の森へと帰って行く。いつ眠ることになるかはわからない。

「よーし」

 ぐっと拳に力を入れ、アルファは駆け出す。創った森は、以前は寂しくて仕方がない場所だった。しかし今は、もう少し違う意味を与えられそうだ。


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