第595話 二人は似ている

 晶穂たちが連れて来られた先に広がっていたのは、日当たりの良い森。明るい森ではあるが、そこに生き物の気配は少ない。

(ここが、アルファの世界なんだ……)

 音はなく、明るいだけで寂しささえも漂う。この森の中でたった一人で長い時を過ごしてきたアルファは、本当によく頑張ったなと晶穂は思う。

 静かな森の中に、たくさんの足音が響き渡る。アルファは小さな友だちと共に戦闘を歩き、やがて立ち止まった。

「このなか」

 少女が指差したものを見て、晶穂たちは息を呑んだ。地面に被せられた大きなお椀のような形状のそれは、白っぽいが透明なドーム。その中で、リンが横たわっていた。

「リン……」

 ドームに手をつき、晶穂の視界が歪む。透明な壁に隔てられてはいるが、リンの寝顔は穏やかでほっとする。

 そんな彼女の横に来たユキもまた、優しい顔で兄の顔を眺める。

「兄さん、よかった」

「うん……。アルファ、このドームを解除してくれるかな?」

「ん」

 こくん、とアルファは頷く。ユキと晶穂の間に立ち、深呼吸すると手のひらをドームに乗せた。大きな目を閉じると、彼女の小さな手のひらから淡いオレンジ色の波動が幾重にも広がっていく。

「……きれいだ」

 春直が呟き、傍にいた唯文が首肯する。

 晶穂は思わず胸の上で両手の指を組んで、目を閉じていた。願うのは、リンが目を覚ますこと。

(リン……目を開けて、リン)

 パシュン。小さな音をたて、ドームが弾ける。残ったのは、横たわったリン。

 晶穂はゆっくりと彼に近付き、その傍らに尻もちをつくように座り込む。

「リン」

 躊躇いがちに彼の手を取り、両手で握る。その姿を、アルファがじっと見詰めていた。

「晶穂、大丈夫だよ」

「ジェイスさん」

 晶穂の傍に立って彼女の肩を叩いたジェイスが、「ほら」と何かを目線で示す。それを追い、晶穂は思わず息を止めた。

「ん……?」

 リンの瞼が痙攣けいれんし、眉間にしわが寄る。それから薄く目を開けたリンが視線を彷徨わせた。

「ここは……」

「兄さんっ」

「うわぁっ!?」

 晶穂よりも先に、ユキが目覚めたリンに抱きついた。リンは目を白黒させていたが、抱きつかれたことで意識がはっきりとしたらしい。震えているユキの背中を撫で、微笑んだ。

「ユキ、心配かけたな」

「ほんとだよ! 突然いなくなって、みんなでどれだけ心配したと思ってるんだよ」

「ごめん。泣くなって」

「泣いてない!」

 目を真っ赤にして、ユキは泣いていないと断言する。その姿がいじらしくて、リンは「わかったよ」と弟の頭を撫でた。

 それからユキを自分の上から下ろし、上半身を起こす。地面で眠っていたためか体がこわばっていたが、軽く肩を動かすと痛みは引いた。

「アルファは……」

 眠る直前、仲間を排除しに行くと言った守護の少女。彼女は今何処にいるのか、気にしたリンの耳に、少し湿った聞き慣れた声が聞こえた。

「アルファはここにいるよ、リン」

「晶穂、とアルファ」

 晶穂は自分の気持ちを押し殺し、固まってしまっているアルファの背中を軽く押した。「ほら」と促すと、アルファの小さな肩がぷるぷると震えた。顔を真っ赤にして、身に着けた白いワンピースのスカート部分を握り締める。

「りん……ごめんなさいっ。わたし、まちがってた」

「アルファ……。怪我はしてないな?」

「え? ……う、うん」

 思いもよらない言葉を聞き、アルファは目を丸くする。リンは傍に来ていた彼女の頭を撫で、苦笑した。

「ま、俺の仲間がこんな小さな子を傷付けるわけないんだけどな」

「わたしたちの場合、幼子を盾にされると厳しいかもね」

「ですね、ジェイスさん」

 肩を竦めたジェイスに同意し、リンは自分をじっと見詰めているアルファに首を傾げて見せた。

「アルファ、どうかしたのか?」

「……にてる、りんとあきほ。ちがうけど、にてる」

「「え?」」

 アルファの言葉を聞いて、リンと晶穂は顔を見合わせる。二人のその様子を見て、アルファは小さく「なかよしだ」と呟いた。

 少女の言葉に、外野も顔を見合わせた。きょとんとしたリンと晶穂とは違い、こちらは同意を含めた苦笑いが大半だったが。

「短い間でもわかるものなんだね」

「あいつらは違うが、本質が良く似ているからな」

 ユーギのひそひそ声に応じ、克臣は小さく笑った。

 アルファはぐるりと銀の華の面々を見て、胸の前でぎゅっと手を握る。その途端に指の間から白い光が放たれ、次に手を開いた時には小さな種が転がった。

 それをもう一度握り締め、アルファはリンの前に立った。リンは晶穂とユキの手を借りて立ち上がっている。アルファが両手を突き出し、リンを見上げて微笑んだ。

「りん、あげる」

「……もう、遊ばなくて良いのか?」

「もうひとりじゃないってわかったから、だいじょうぶ。こんど、りんたちにあいにいくね?」

「そっか。楽しみにしてるよ」

 ありがとう。礼を言って、リンはアルファから種を受け取った。早速バングルに種を近付けると、石が共鳴して溶け合う。

「――はぁ」

 また一つ、種を集めることが出来た。そして得た種が増えたことで、リンの体が少し楽になる。イザードの残した毒をまだ上回ることはないが、徐々に花の力が強くなっていくのを感じていた。

 リンはアルファの頭をグシャグシャと撫でた。くすぐったそうにしたアルファは、やがて彼の手を持ってのける。そして一歩後ろに下がった。

「アルファ?」

「りんたちは、つぎにいかなくちゃ。たねが、みんながまってる。それに、このせかいにとってじかんがないから」

 わたしはだいじょうぶ。アルファは微笑むと、くるりと背を向けた。

「みんな、またね」

 そう言って、お供の動物たちと共に森の中へと姿を消した。アルファたちが消えると同時に、森もまたぐにゃりと歪む。

「えっ」

「みんな、固まれ!」

 克臣の声を受け、一か所に全員が集まる。徐々に白んでいく景色の中、リンは傍にいた誰かを強く抱き締めた。

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