第594話 ひとりじゃないから

 リンがアルファの傍を離れるということは、すなわちアルファが再び独りぼっちになることを示す。更に種を失った守護は、次の種が出来るまでの間は眠りにつく。それが寂しい、とアルファは言った。

(どうにか、この子が寂しくないように出来ないかな……?)

 しかし、アルファの願いを聞けばリンを取り戻すことは出来ない。八方塞がりの気がして、晶穂は仲間たちを振り返った。

「アルファは、この森を離れることは出来ないの?」

 そう尋ねたのはユーギだ。首を傾げて言う彼に、アルファは少し考えてから「わからない」と首を横に振った。

「いままで、もりのそとにでたことはないから。でられても、わたしはふつうのひとにはみえないからおなじだよ」

「普通の人には、かぁ」

 天を仰いだユーギは、ふと何かを閃いて正面を向く。キラッと目を輝かせ、アルファと視線を合わせるために、膝に手を当てて「ねぇ」と声を上げた。

「えっ」

「は?」

「ユーギ?」

 ジェイスが思わずといった様子で声を漏らし、克臣が目を見開き、晶穂は首を傾げた。唯文たち年少組は顔を見合わせ、ユーギにその先を促す。

「どういうことだよ、ユーギ?」

「うん、あのさ。一香さんとシンがリドアスの防御担当してくれてるでしょ?」

「うん」

「でも2人だけだから、一香さんに負担がかかりやすいと思うんだ」

「シンもちゃんとやってくれてると思うけど……一香さんの方が負荷を感じてるのかな?」

 春直の疑問に、ユーギは笑って応じる。

「本人に聞いたことはないけどね。ぼくがそう思っただけで。もしもアルファさえ良ければ、いつでもリドアスに遊びにおいでよ」

「でも、とおくまでいけるかなんてわからないし」

 ユーギの提案を受け入れることを躊躇うアルファに、春直が「そういえば」と問い掛ける。

「光の粒は、ここから離れた森の中にも現れていたよね? あれはきみではないの?」

「あれは……あれも、わたしのいちぶ。だれかにみつけてほしくて、とおくまでいけた」

 見たことのないものを見られた。そう言って微笑むアルファを見て、晶穂は思う。花の種がここから消えれば、アルファは眠りについてしまうのだと。

 本当に眠ってしまうのであれば、リドアスに連れて行くのは現実的ではない。その前後に、せめて楽しく過ごすことが出来れば。晶穂は考えに考え、ふと思い付いたことを口にした。

「……この距離だから、頻繁に会いには来られないと思う。だけど、この里の人たちならもしかしたら」

「そういえば、アルファくらいの子どもを可愛がってくれる人はたくさんいたね」

 ジェイスが同意し、克臣に「なあ」と同意を求めた。

「そうだな。実際、ユーギたちは大量に菓子貰ってたし。あれ、みんなで分けないと食べ切れなかったよな」

「そうなんだよね。皆さん、孫見たいって言って可愛がってくれて……あ、そっか!」

 ぽんっと手を叩いたユーギは、当惑したままのアルファににこっと笑いかけた。

「古来種の里に遊びに行くと良いよ! 勿論ぼくらも顔を出したいけど、あそこの人たちはみんな優しいから。きっと、楽しく過ごせるんじゃないかな?」

「里……」

「そういうことなら、オレからも声をかけとくよ」

 片手を挙げ、自ら名乗り出たのはクロザだ。彼の傍では、ゴーダも頷いている。

「あそこの人たちは、外の人を歓迎してくれる。それが例え人以外だとしても、互いに歩み寄れるのならば拒否などしないよ」

「――だって、アルファ!」

 よかったね。笑顔で言うユーギに、アルファはようやく少し硬いものの笑みを見せた。晶穂も一安心し、優しく目の前の少女を抱き締める。

「銀の花の種が繋げてくれた縁だから、簡単には途切れないよ。それに……アルファは独りじゃないからね?」

「ふえ?」

 体を離して笑みを浮かべる晶穂を凝視し、アルファはようやく気付いた。自分にまとわりつくようにくっついているのは、自分と同じく光の粒から生まれた動物たちだ。兎、狐、シマリス。彼らは晶穂たちと戦った時は巨大だったが、今はアルファの膝よりも小さくなっている。

 アルファがしゃがむと、彼女の目の前にと我先に争ってぴょこぴょこと跳ぶ。思わず顔をほころばせたアルファの耳に、春直の声が降って来た。

「その子たち、アルファの傍に居たいんだね。凄く一生懸命になってるよ」

「そばに……いてくれるの?」

 アルファが問いかけると、動物たちは耳やしっぽをブンブンと動かした。それを見て、アルファは目に涙をためて嬉しそうに笑う。

「――ありがとっ」

 ぎゅっと三匹を抱き締め、アルファは泣き笑う。

 もう大丈夫。晶穂はそう判断し、そっと彼女の傍を離れた。そして仲間たちと共にアルファたちが落ち着くのを待つ。少女と動物たちの触れ合いは、見ているだけで癒される。

「……ありがとう、みんな。わたし、ひとりぼっちじゃなかったんだね」

「そうだよ。それにこれからは、わたしたちも、里の人たちもいる。寂しさは減るんじゃないかな?」

「うんっ」

 ようやく少女らしい笑顔を見せるようになったアルファ。彼女は兎と鼻をくっつけ合い、それから少し申し訳なさそうに「あのね」と晶穂を見上げた。

「りんを、あきほのだいじなひとをさらってごめんなさい。あきほたちがさびしくなってたねあつめをあきらめればいいっておもったけど、そうはならなかった。だから、たねといっしょにりんもかえす」

「アルファ……」

「みんなもごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げたアルファは、腕の中にいた動物たちを地面に下ろす。そして両手を何もない空間にかざし、目を閉じる。

 アルファの手の周りが柔らかく光を放ち、その中心から森の景色が見えて来る。周囲と同じようであり、全く別の何処か。晶穂たちが驚く中、アルファは振り返ってそちら側を指差した。

「こっち。りんは、こっちにいるよ。ついてきて」

「……行こう」

 晶穂を先頭に、アルファを追って向こう側へと移動した。

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