第593話 ふたつの思い

 晶穂が守護らしき少女を膝立ちで抱き締め、背中を撫でてやっている。そんな突然の変化に、少女だけではなく仲間たちも驚いていた。

「ねえ、あれどういう意味なんだろう?」

「ぼくにもわからないよ。でも、晶穂さんは何かに気付いたのかな?」

 ユーギの疑問に春直は応じ、晶穂の動向を見守っていた。

 彼らだけではなく、少女も目を見張って固まっている。それまで力をこれでもかと放出していたにもかかわらず、途端にパワーを失って行った。

「あ、の……はなして」

「辛かったね」

「なんっ」

 何故、そんなことを言うのか。何故、わかったのか。少女は晶穂を突き飛ばすことも出来ず、なされるがままに抱き締められていた。

 晶穂は軽くぽんぽんと少女の背を叩くと、体を離して彼女を見上げた。柔らかく微笑み、やわらかな髪を撫でる。

「突然ごめんね。あなたのお名前は?」

「……あるふぁ」

「アルファ、ね。……さっきアルファは、リンのことを『初めての友だち』って言ったよね? だから、思ったの。この子はもしかしたら、ずっとひとりだったんじゃないかって」

「……」

 ふてくされたように黙ったアルファは、晶穂から視線を外した。晶穂はそんな彼女を見つめたまま、言葉を続ける。

「思えば、種の守護って守ることが存在意義なんだろうな。その場を離れることは出来ないから、一人きりだったらどんな気持ちがするだろうって」

「……かわいそうだとおもうなら、そんなきづかいはいらない」

 アルファの拒絶に対し、晶穂は「違うんだ」と首を横に振った。

「かわいそうじゃないな。何ていうか……凄いなって思ったの」

「すごい?」

「そう、すごいの」

 驚き顔を上げたアルファと目を合わせ、晶穂は頷く。

「長い時間、銀の花の種を守ってきたアルファたち守護。並大抵の覚悟で出来ることではないし、きっとわたしには出来ない」

「……でも、あきほたちがたねをもっていってしまったら、わたしのやくめはいったんおわり。つぎのたねがうまれるまで、ねむりにつくの」

 それも寂しい、とアルファは俯く。更に「だから」と繋げた。

「りんを……ぎんのはなのたねをあつめてるりんをここにとどめれば、わたしはねむらずにそのひとをあそびあいてにできるってきづいた。りんはやさしくて、せきにんかんのつよいひと。わたしとあそんでくれるっておもった」

 たどたどしく紡がれるのは、アルファの寂しい気持ち。自分という存在以外に寄る辺のない彼女は、ずっとずっと、ともにいる誰かを待っていたのだろう。

(だとしても、リンをあげることは出来ない。リンはわたしにとって一番大事な人で、銀の華にとってなくてはならない人だから……)

 リンは銀の華にとって、団長という柱だ。失われたとして、華はおそらく枯れてしまう。残ったメンバーは頑張るだろうが、限界は来る。リンを取り戻せなかったとして、それを自分のせいだと責めかねないメンバーばかりだ。

 少なくとも、リンはアルファの言う通り責任感が強い。銀の華を自分の代で潰すつもりは一切ないだろう。

「アルファ……」

 晶穂の指が、アルファの髪を梳く。小さな守護を納得させ、リンを取り戻すために自分に何が出来るのか。晶穂は懸命に考えていた。




 同じ頃、ジスターは防戦一方から攻めへと転じようとしていた。

 リンが消え、イザードと二人きりになったことでジスターは改めて感じたのだ。目の前にいるこれは、決して自分の兄ではないと。

(兄貴は、あの時消えた。今ここで、夢の中でオレを責め立てるこれは……?)

 思い切りイザードの刃を弾き返し、ジスターは距離を取るため後ろへ跳ぶ。イザードは吹き飛ばされてもんどり打ったが、すぐさま体勢を整えて向かって来る。

「やっぱり、お前は……」

 人ではあり得ない動きを見せるそれに、イザードは悲しみを感じていた。同時に怒りと、悔しさも。

(これは、オレの心が招いた)

 二度と、兄には会えない。尊敬はしていたが、嫌いでもあった兄の面影を、イザードは追い過ぎたのかもしれない。

「……お前は、オレの心の傷が生み出した化け物だ。だから、オレ自身の手で葬らないと、この夢は終わらない」

 己の弱さを叩き斬る。そうジスターが心に決めた瞬間、彼の身に変化が起こった。

 それまで剣撃しか使えなかったのが、魔力が湧き上がってきたのだ。馴染みのある水の気配を感じ取り、ジスターは自嘲に近い笑みを浮かべた。

「……お前に全てぶつけるよ、兄貴。だから、進むオレを邪魔するな!」

 淡い色をした水飛沫がジスターの足元から噴き上がり、その水の雫が彼の剣にまとわりついて消えて行く。刃が青く染まり始め、イザードが軽く身を引いた。

「これが、今のオレの全力だ!」

 水をまとい、ジスターはイザードの頭上を取る。光のないイザードの瞳に、泣きそうなイザードの表情が映った。

 ――ダンッ

 イザードの横に着地し、ジスターは息を吐いて呟いた。

「じゃあな、兄貴……」

 その途端、イザードの形をしていたものがその形を失った。ほどけて散り、何処かへと消えてしまう。

 ジスターは振り返らず、ゆっくりと歩を進めた。いつの間にか怪我は全て塞がり、体が軽い。

 向かう先に優しい光を感じて、ジスターは思わず手を伸ばした。

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