第592話 光の粒が創り出す

 森の中を全力で走り、晶穂は開けた場所に出てようやく足を止めた。彼女の次に春直とユーギ、そしてゴーダも荒れた呼吸を整えるのに必死だ。

「みんな……大丈夫?」

「晶穂さん、速い、です……」

「気が逸るのは、ぼくらも一緒だろ? それに……」

「……気配が濃いな。さっきの獣以上に」

 最初に息を整えたゴーダの言う通り、森の中のそこは魔力の気配が色濃い場所だった。青々とした木々の群れの中、ぽっかりと空いた穴のような草地。その端に立ち、晶穂は魔力のもとを探して周りを見渡した。

「あ……」

 目を瞬かせ、晶穂が固まる。それに気付いた年少組が、彼女に抱き着いて同じ方を見た。

「なになに? 何か……」

「あれは!」

 春直の叫び声に、向こうも気付いて手を振ってくれた。三人の、そしてゴーダの視線の先、対角線上に克臣とユキの姿があったのだ。

「晶穂さんだ! 春直とユーギもいるよ、克臣さん!」

「おっ……。本当だな。三人共無事で何よりだ」

「うん。ゴーダもいるね!」

「ああ。ん?」

 ふと気配を感じ、克臣が視線を巡らせる。すると彼らの向かい側から、唯文が顔を出す。唯文は克臣たちと晶穂たちを目にして、後ろに手を振った。

「ジェイスさん、クロザさん。みんないます!」

「おや、本当だ。みんな無事だね」

「魔力の気配、それからあの光の道筋は間違ってなかったらしいな」

「そのようだ。……見てみなよ」

 ジェイスの指差す方を、離れたところにいた全員が見た。丁度空き地の真ん中、月の光に照らされたそこに、数え切れない程の光の粒が集まり、くるくると回っている。それらは三方向から集まったもので、ここで合流を果たしたらしい。

「何、あれ……」

 ごくん、と誰かの喉が鳴った。

 晶穂は息を呑み、目の前の光景を見詰めている。それは皆同じで、全員の視線が光の塊の変化へと注がれていた。

 光はくるくると踊るように塊になり、徐々に何かの形を成していく。ふわりと形作られていくそれに、ユキは首を傾げる。

「……人?」

「ああ。女の子みたいに見える。髪の長い……」

 腕を組み、ジェイスが応じた。

 皆、警戒しつつもゆっくりと中央へと近付いて行く。互いの声が叫ばずとも聞こえるようになり、互いに目配せして戦闘態勢を取った。

 ここは既に守護のテリトリーだ、と誰もが肌で感じている。

 ピリピリとした緊張感の中、光がパンッと弾けた。眩しさに目を瞑った晶穂は、薄めを開けて光の中心で何かが動いているのを目撃する。

(あれは、何?)

 長い髪を風に遊ばせる、小さな影。光が落ち着いた時、晶穂たちの前に現れたのは一人の小さな女の子だった。

「これは……」

「えっと……きみは、誰?」

 克臣が息を呑み、ユーギが女の子に尋ねる。すると彼女はぐるりと自分を取り巻く者たちを眺め、ふっと息を吐く。

「――きえて」

 幼く、可愛らしい声で冴え冴えとしたセリフが吐かれる。その意味を晶穂たちが頭で理解する前に、少女は力を爆発させてその場の全員を吹き飛ばした。

「くっ」

「うわぁっ!?」

「きゃあっ」

 幾つもの悲鳴が上がり、木の幹に叩きつけられたり地面に背中をぶつけたりした。その中でもジェイスと克臣は何とか立った姿勢を保ち、力の起点である少女から目を離さない。

「克臣、これは……」

「ああ、ジェイス。こいつが多分、守護の本体だ」

 そう言い合い、仲間たちの無事を確かめるために後ろを向く。幸い、呻き声を上げつつも全員が立ち上がるところだった。ほっとしたのも束の間、少女が叫んだ。

「みんな、みんな、きえちゃえ。——りんをつれていかないで!」

「まずい、伏せろ!」

 ジェイスの警告に、全員が即座に反応出来たわけではない。春直は立ち上がった直後で咄嗟に動けず、力の波動を受けて吹き飛ばされる。

「あっ」

「――春直!」

 間一髪、彼の後ろにいたクロザが抱き留めた。衝撃でクロザは尻もちをつくが、春直を手放さない。

 きゅっと強く目を閉じていた春直は、全く痛くないことに驚き、更にクロザに助けられたことを知って目を大きく見開いた。

「ごめんなさい、大丈夫!?」

「ああ……。しかし、あれは何なんだ?」

「あれが守護だよ、クロザ」

「克臣?」

 立ち上がり、クロザが首を傾げる。先程戦った獣は違うのか、と呟く。

 その疑問に応じたのはジェイスだった。

「わたしたちも戦ったけれど、彼らは言うなれば守護の影や守り手のような存在だろうね。光の粒が守護であることは間違いないけれど、これは……」

「あの子、リンを知ってるんだ」

 晶穂は逸る気持ちを抑え、少女のもとへと近付いて行く。

 それを見て危ないよと声を上げそうになったユキの口を唯文が押さえ、無言で首を横に振る。今は、晶穂に任せて刺激しない方が良いと考えたのだ。ユキも唯文の行動の意図を察し、首肯して手を離してもらった。

 全員の視線を背中に受けながら、晶穂は怯えを顔に浮かべた少女の前に膝をつく。少女はきょとんとした顔をして、まじまじと晶穂を見詰めた。

「あなた、だれ?」

「わたしは晶穂。……あなたは、リンを知っているの?」

「だとしたら?」

 急速に声の温度が下がっていく。晶穂はそれでも少女から視線を離さずに問う。

「リンに会わせて欲しい。彼を、迎えに来たの」

「――め」

 一気に魔力の勢いが強まる。少女の髪が翻り、晶穂の髪をも揺らした。

「だめ! わたしの、はじめてのともだち!」

「あっ」

「晶穂!」

 力の波動の一部が晶穂を直撃し、晶穂はよろめいた。彼女を助けようと咄嗟に手を伸ばしたジェイスに助けられ、晶穂はその場に留まる。そして、ジェイスの手を離れてもう一度少女の前に膝をついた。

「……や、きえて」

「寂しかったの? だから、リンをさらったの?」

「え……」

 硬直した少女を柔らかく抱き締め、晶穂は彼女の背を撫でた。

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