第589話 シマリスの尾

 一方、克臣とユキは巨大なシマリスを相手にしていた。

 一般的にシマリスの体は茶色く、体の色よりも濃い色の線がふさふさしたしっぽや体に入っているものだ。しかし彼らの前に現れたシマリスは、純白の体にオフホワイトの線が入っている。目は体毛以上に白く、夕暮れの中でかなり目立つ。

 克臣は振り回されるシマリスのしっぽを大剣で受け止め、衝撃を和らげる。そして離れた瞬間に剣を振って、致命傷を与えられないか探り続けているが未だに突破口は見いだせていない。

 ユキは得意の氷の魔力でシマリスの行く手を阻む氷の壁を創りながら、隙あらばと手のひらサイズの小さな氷柱を投げつける。しかし相手も一筋縄では倒させてはくれず、投げつけた氷柱でホームランを打たれた。

「このリスっ」

「苛立っても結果は変わらねえぞ、ユキ」

「わかってる! 焦っても仕方ないけど、腹は立つよ」

「安心しろ、俺もかなり苛立ってはいるから」

 そう言って笑った克臣は、くるんっと一回転してこちらにしっぽを向けるシマリスに向かって「ハッ」という気合と共に斬撃を繰り出した。

 斬撃は真っ直ぐに進み、シマリスの背中に直撃した。シマリスはそのまま吹っ飛び、顔から木の幹に突っ込む。衝撃で木が揺れ、枯れかけた葉が数枚落ちる。鳥が集団で飛び立ち、一時騒然とした。

 しかし、シマリスはのそりとその身を起こす。確かにダメージを与えたはずだが、相手にとっては痛くもかゆくもないのか。克臣が思わず舌打ちを仕掛けた、その時。

 ――キキッ

 それは、あまりにも突然の変化。振り返ったシマリスの目が光ったかと思うと、猛然と克臣に向かって走ってきたのだ。感情のない瞳に、真っ白なそれに克臣のお揃いた顔が映る。

「克臣さん!」

 ユキが叫び、慌てて創り出した氷の壁でシマリスを阻む。急ブレーキをかけたシマリスはぎろりとユキを睨むと、今度は彼を標的に変えて飛び掛かる。

 いつの間にか体に反して小さなシマリスの指には、鋭い棘のような爪が生えていた。

「助かった、ユキ。サンキューな」

「びっくりさせないでよ。……あっちも本気みたいだし」

「だな」

 シマリスの目付きが、先程までとは比べ物にならない程鋭い。相手も本気ということだ。

 克臣とユキは並び立ち、克臣は大剣、ユキは氷で創られた弓矢を構える。

 ユキの姿を見て、克臣はふと相棒のことを思い出す。彼は今別の場所で、自分と同じような敵を相手にしているのかもしれない。

「……克臣さん、何笑ってるの?」

「笑ってたか?」

「うん。何か、思い出し笑いみたいな?」

「正解。似てんなって思ったんだよ、お前が」

「似てる? 誰に……うわっ!?」

 ユキが答えを聞くより前に、シマリスが我慢の限界だとばかりに突進して来た。それを飛び退いて躱したユキと克臣は、目だけ合わせて苦笑する。

「話は後だな」

「まずは、こいつを倒そう」

 頷き合い、左右別々の方向へと飛ぶ。

 シマリスは突進のスピードを緩められず、ドンッと頭から木にぶつかった。それで勢いが落ち着くかと思えば、全くそんなことはない。

 くるっと丸まり、ダンゴムシのようになってスピードを上げる。クイックターンすら決めて見せるシマリスに若干引きながら、克臣は吹雪をあてシマリスの動きを鈍らそうとするユキに声をかけた。

「ユキ、こいつの進行路を作れ!」

「進行路? ……ああ、わかった!」

 克臣が何をしようというのか見当もつかない。そう思い首を傾げたユキは、ふとシマリスの攻撃形態を見て合点がいった。

「俺がこいつの注意を引く!」

「おーけー!」

 返事をすると、ユキはタイミングを見計らうために木の上に登る。それを横目に、克臣は殊更ことさら大きな声シマリスに呼び掛けた。

「おい、こっちだこっち! 追いついてみろよ、腰抜け!」

「……煽り過ぎ」

 克臣の人を食ったような笑みとセリフを聞き、ユキは苦笑いを浮かべる。

 シマリスが人語を解するのかは定かではないが、ユキの心配通り、克臣に照準を合わせた。狙い通りではあるが、シマリスのスピードも格段に上がる。

「――っしゃ」

 克臣がシマリスに背を向けて走り出す。その後を猛然と追っていくシマリスは、バッサバサと木々を切り倒していく。このままでは克臣が追い付かれて潰されかねない。

「仕方ない。克臣さん!」

 ユキは右手で氷を創り出す傍ら、左手で氷の板を生成した。そのスノーボード大の板を、克臣に目掛けて投げる。

 克臣も心得たもので、後ろから迫ってきたそれを軽く跳んで受け止めた。慣れた様子で乗り、すいっと乗りこなす。

「流石に追い付かれるかなって思ってたから助かるわ」

「全く……ちゃんとしてよ!?」

「勿論」

 器用に木々の間を抜け、凸凹を作る木の根を無視してスイスイと進む。克臣はある程度ユキから距離を取ると、急旋回してもと来た道を戻るように進路を取る。

 シマリスは進路変更した克臣を追い、スピードそのままに進む。木々がなぎ倒された為、邪魔するものが少なく快適に進む。

「ユキ!」

「うん」

 ユキのいる枝に近付き、克臣が叫ぶ。ユキも心得たとばかりに頷くと、突っ走って来るシマリスの足元に向かって氷を放射した。

「いっけぇっ」

 空中の水分を取り込み、氷は一気に成長する。シマリスの進む道が氷のレーンとなり、高く垂直に伸びた壁が逸脱を許さない。

「よし」

 ズサササッとスライディングし、克臣はスピードを殺して立ち止まる。肩で息をしているが、その顔には余裕がある。

 克臣の視線の先には、氷で滑り泊まれなくなったシマリスが突進してくる様だ。大剣を構え、不敵に微笑む。

「克臣さん、行くよ!」

「おお」

 木の上で、ユキが軽く指を振る。すると、真っ直ぐにレーンを下って来ていたシマリスがバウンドした。更に着地も丸くなったままのそれが、ジェットコースターのような上りに引き込まれ空中に吹っ飛ばされる。

「遊ぶのは終わりだ!」

 吹っ飛ばされた衝撃で体を開いてしまったシマリスが、克臣の上に落ちて来る。それに狙いを定め、克臣は大剣を振りシマリスを両断した。

「やった!」

 キラキラとした光の粒に変わったシマリスを見て歓声を叫ぶユキに親指を立ててみせ、克臣は首を傾げた。

 木を飛び降りたユキが、克臣の横に立って見上げる。

「どうかした?」

「いや。何か、斬ったっていう感覚がないんだ。空を切った、そんな感じがする」

 手の指を開いて閉じるを繰り返し、克臣は軽く息をついた。今ここで問答したところで、何も解決はしない。

「……行こう、ユキ。こいつがここにいたってことは、俺たちの目的地も近い」

「うん、行こう。兄さんを取り戻さないと」

 二人は頷き合い、氷のジェットコースターをそのままにして森の奥へと進んで行った。

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