第587話 守護のともだち

 アルファがリンを閉じ込めたのと時を同じくして、晶穂はユーギと春直と共に日の落ちる方角へ向かって走っていた。彼女らの後ろからはゴーダも駆けていて、言い伝えから導き出した手掛かりを信じて突き進む。

 森は急速に暗さを増しており、その暗さが晶穂を焦らせる。

(闇と光は対局の存在。だから夜とは反対の方向にっていう単純な考えだったけど、あってるのか不安になって来た)

 だとしても、足を止めることは出来ない。晶穂は息が上がるのを自覚しつつ、己の直感を信じて前を向いた。

「こっちで間違いないと思う。……向こうから、強い魔力の波動を感じる」

「ありがとう、ゴーダ。頼もしいよ」

「恩返しにはまだまだ足りない。ほら、気を散らすなよ」

「うん」

 晶穂の不安を表情から読み取ったらしいゴーダが声をかける。それに笑みで応じ、晶穂は気持ちを新たにした。自分が不安がってはいけない、必ず探し出して連れ戻すんだと。

 その時だった。彼女らの進行方向から、大きな魔力の気配が立ち上がる。それは魔力のない春直にも感じ取れる類のもので、びくっと耳を震わせた。

「何、あれ……」

「うさぎ? にしては大き過ぎない?」

 ユーギが目を見張るのも当然だ。五十メートルも離れていない場所に、体長二メートルはありそうな白兎が現れたのだから。

 真っ白な体毛がふわふわと揺れ、長い耳がそよぐ。瞳は今までの守護同様に白く、何処を見ているのかわかりにくい。

 キョロキョロと見回して何かを探しているように見える兎を眺め、ゴーダが呟く。

「あれが、噂の種の守護か?」

「そう、なのかな? あの光の粒が守護なのだとしたら、変化した姿?」

「何にしろ、あまり悠長にはしていられないだろうな」

「それってどういう……」

 どういう意味か。晶穂がゴーダに問うよりも早く、春直の叫びが飛ぶ。

「来ます!」

 晶穂とゴーダはほとんど感覚で飛び退き、二人がいた場所に兎の巨体が落下する。ドンッという音と土煙に隠れながら、兎はその無垢な顔をフルフルと振るった。

「あのままいたら……」

「確実に潰されていたね」

 さっと顔を青くした晶穂に肩を竦めて返答したゴーダは、透視能力で周囲に他の敵がいないかと探す。敵は他にいないらしいが、遠くで同じような気配を察知する。

(……二体、か。クロザたちが心配だが、まあ大丈夫だろう)

 こちらを片付けなければ。ゴーダは意識をぴょんぴょんと跳ね回る巨大兎に向け、晶穂らと共に動き出した。


 同じ頃、克臣とユキの目の前にも巨大生物が現れていた。身長二メートル、尻尾も合わせた体長は五メートルはありそうなシマリスだ。

「……小さいのはかわいいと思うんだが」

「うん。こうなられると怖いね」

 若干引き気味の二人を前に、巨大シマリスはその太く長い尻尾を無造作にブンッと振った。それだけで周囲の木々が薙ぎ倒され、二人は慌ててそれらから逃げる。

 ちなみにクロザは、ジェイスたちの様子も見て来ると言って走って行ってしまった。それが、シマリスが現れる数分前のこと。

 メリッという嫌な音がしたかと思えば、背後で一抱えはありそうな幹が倒れた。ぞっとしたユキは、離れてしまった克臣に向かって「ねえ!」と呼び掛ける。

「克臣さん、このリスが守護だと思う?」

「あの光の粒は姿を変えるんだろ? 決め付けるのは早計だが、関係していると考えて良いだろ」

「じゃあ、兄さんに辿り着くためには……」

「全力で立ち向かうだけだな」

「了解!」

 元気な返事と共に、ユキは持ち前の瞬発力でシマリスの眼前へと飛び出す。そして手を広げると、撹乱のため小規模な吹雪を起こした。

 視界を阻まれ顔を歪めるシマリスの背後に回った克臣は、その首目掛けて斬撃を放つ。躱されることを想定してのそれだったが、シマリスは勢い良く尻尾を振って克臣の攻撃を跳ね返す。

「ユキ!」

「うん!」

 克臣がシマリスの注意を引いている間に、ユキは魔力を増幅して巨大な氷柱を創り出していた。頭の上に掲げたそれを、思い切りシマリスに向かって投げつける。

「いっけぇぇぇっ!」

 危険を感じたシマリスが振り返った時、氷柱とシマリスの眉間とがぶつかった。


 同様に、ジェイスと唯文ペアの前には白く美しい狐が威嚇していた。体長は三メートルはありそうだ。豊かな毛並みのしっぽを優雅に振り、表情のない純白の目でこちらを凝視している。

 そこへ、他のグループの所に行っていたクロザが現れた。

「ジェイス、唯文」

「クロザ。他はどうだった?」

 巨大狐が目の前にいるにもかかわらず、ジェイスは冷静にクロザを迎える。クロザも比較的落ち着いた様子で「ああ」と応じた。

「克臣とユキのところに行って来た。ゴーダが晶穂たちに会っているはずだ。……ところで、アレは噂の守護か?」

「今まで出会った守護は、それぞれに姿かたちがまるで違った。だから、こいつが守護だと確定することは出来ないな」

「――って、お二人共冷静過ぎです! 来ますよ」

 我慢出来ずに突っ込んだ唯文が言うのと同時に、狐が軽いステップで跳び上がる。その跳躍力は木々を飛び越える勢いで、咄嗟にジェイスは弓を引き絞った。

 狙いを定め、矢を放つ。

「……簡単にはあたらないか」

 呟きの通り、狐の落下速度の方が素早い。放たれた矢は、狐の体の側面をこすって消えてしまった。

 しかし触れたことで、狐の癇に障ったらしい。一切言葉も鳴き声も発さない狐だが、明らかに気分を害したのか、着地した後に鋭い爪で地面を乱暴に掻いている。

「さあ、どうやって倒そうか」

「団長を迎えに行かないとですしね」

 唯文も和刀を抜き、正眼に構えた。戦う度に研ぎ澄まされて洗練されていく立ち姿に、年長組への憧れと近付くための努力が垣間見える。

「オレも、加勢させてもらう」

 そう言ったクロザが剣を抜き、三人の戦闘態勢が整う。

「――行こうか」

 ジェイスの合図と共に、三人は狐に向かって駆け出した。

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