第586話 返さないよ
克臣たちが落ちていく日を追いかけるように走っていた時、リンは小さな女の子、アルファと共にいた。かくれんぼに飽きたらしいアルファは、今度は宝探しをしようとリンを引っ張る。
「こっちこっち」
「そんなに引っ張らなくても、ちゃんとついて行ってやるから」
子どもの力は意外と強い。そういえば小さなユキにもよく引っ張られた。そんなことを思い出しながら、リンはアルファの後を追う。
アルファが宝物と称するものは、四つ葉のクローバーであったり綺麗な川原の石であったり、枯れずに落ちた木の葉であったりした。
「つぎはあっち!」
無邪気に笑いながら、あっちへこっちへと走るアルファ。彼女が転ばないように見守るリンは、その姿に束の間の癒しを感じていた。
(とはいえ、どうやってあいつらのところに戻るかだな)
光に包まれて突然姿を消したのだ。晶穂たちが心配していないわけがない、とリンはわかっている。自分以外の誰かが突然消えれば何が何でも捜すだろうし、実際に晶穂と永遠に会えないかもしれないとなった時にも一生かけても探そうと決意していた。
(そんな風に思えるようになるなんて、な)
つくづく、自分は変わったなとリンは思う。その変わった原因が何なのか、言葉にするのは恥ずかし過ぎるが。
「ん?」
ふと気付くと、いつの間に戻って来たらしいアルファがリンをじっと見上げていた。そのまん丸で無垢な瞳の奥に何かを感じて、リンは膝を折って目線の高さを揃える。
「どうかしたのか、アルファ?」
「りん、もどりたいってかんがえてる?」
「え?」
軽くリンが瞠目すると、アルファは眉を八の字に寄せた。目が潤み、悲しそうに顔を伏せる。
「あるふぁといるの、いや?」
突然子どもらしい無理難題を突き付けられ、リンは当惑しながらも言葉を探した。
「嫌だとかそういうんじゃないよ。ただ、心配させているのが心苦しいんだ」
「しんぱい?」
「そう。心配してるだろうなって思うし、俺も同じような状況になったら心配する確信があるしな」
「ふぅん……」
「アルファ?」
言葉を切り、黙るアルファ。その姿に不穏なものを感じ、リンは伏せた彼女の顔を見ようと前髪をかき上げようとした。
その時。
「じゃあもうりんがなやまないように、あるふぁがけしてあげるね?」
「――は? 何を言ってるんだ」
少女の言葉の意味がわからず、リンは言葉に詰まる。そして次に聞こえてきた声に、今度こそ言葉を失った。
「りん、あるふぁといっしょにいてほしい。だから、しんぱいのたねはあるふぁがけすの。おもちゃがたくさんあるから、できるよ!」
「……っ」
にこっと無邪気に笑うアルファ。ここに来て、リンはようやく彼女が人ではないという事実を事実として理解した。
まってて。舌足らずな声でそう言って、アルファは何処かへ行こうとする。そうさせまいと、リンは彼女の細い腕を掴んだ。
「なんでとめるの?」
本当に何故かわからない。そんなキョトンとした顔のアルファに見られ、リンは顔をしかめざるを得なかった。
「俺の仲間を傷付けさせない。だから引き止めてる」
「そう……。ごめんなさい、りん」
「えっ」
アルファがリンと向き合うように振り返り、空いていた右手を彼の目の前にかざす。その途端、リンはくらりと強い目眩に襲われた。
少女の腕を掴んでいることも難しくなり、リンは両手を地面につく。そして激しく痛み始めた頭を上げ、アルファに「何をした」と問う。
「りんがにげようとするから、ここにとじこめるの。ずっと……ずっとここにいてもらいたいもん」
「お前は銀の花の種を守る守護だろう? なのに、どうして……」
そこで、リンの意識は途切れた。
ピクリとも動かない青年を見下ろし、アルファと名乗る少女は呟く。その表情は酷く無機質で、あの可愛らしい女の子の面影はない。
「しゅごだから、だよ。ずっとずーっと、ひとりぼっちでさびしかった。だから、はじめてわたしとかかわってくれたりんと、もっとずっといっしょにいたい」
アルファの周りに、彼女を構成する光の粒が集まって来る。それらの一部を指にまとわせ、リンを指差す。
「めをさましたら、きっといなくなっちゃう。だから、とじこめる」
光の粒がアルファの言葉に応じるように浮かび上がると、リンの周りへと殺到する。そして透明な膜を作り、彼を閉じ込めた。
「よし」
満足げに頷いたアルファは、自分から溢れて来る光の粒たちと共にリンに背を向けた。とはいえ、彼女はここを動く気はない。放つのは、己の分身ともいうべき存在だ。
「ん~っ」
両腕を前に突き出し、ぎゅっと目を閉じて力を押し出すイメージをする。すると光の粒が集まって行き、三つの形になった。
「おねがいね」
アルファが告げると、それらは姿を消した。この森でアルファのもとを目指している者たちをこれ以上近付けさせないため、彼女が放つ刺客だ。三体がそれぞれの場所で、リンの仲間を消してくれることだろう。
「それでももし、あるふぁのところまでたどりついたら……」
その時は、全身全霊で返り討ちにしよう。楽しく一緒に長い時を過ごす友だちを、ようやく見付けたのだ。アルファは簡単にリンを手放す気はない。
「たねをまもるだけのそんざいでいるのは、もういや。たねなんてあげる。かわりに、りんはあるふぁのもの」
リンを閉じ込めたテントのような膜に背中を預け、アルファは嬉しそうに目を閉じた。
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