第585話 光と闇の向こう側

 ジェイスと唯文のもとを離れたクロザとゴーダは、その後二手に分かれて克臣と晶穂それぞれのチームと合流した。どちらもジェイス程魔力察知能力に長けてはおらず、突然現れたクロザやゴーダに驚いていたが。

「姿を変えて、人を惑わす……」

「早く団長を見付けないと!」

「晶穂さん、顔が青いですよ」

 ユーギと春直が口々に言い、晶穂は呆然としていた頭を振って「しっかりしなきゃ」と気持ちを奮い立たせる。今ここで、晶穂は二人の年少組を任されている立場にあるのだから。

 もしかしたら。そんな最悪の想像が脳裏をよぎり、晶穂はそれを消す意味を籠めて深呼吸を数回した。深く息をすることでようやく忘れかけた呼吸方法を思い出し、無理矢理にでも笑みを浮かべる。

「ごめんね、二人共。もう、大丈夫」

 にこりと微笑む晶穂を見上げ、ユーギと春直はじっと何かを考えているように見えた。晶穂が戸惑って「えっと……」と何か続けようと口を開くよりも早く、ユーギが彼女の手を握る。

「無理しないでって言っても無理するのはお互い様だけど」

「うん。ぼくらが一緒だから、絶対に団長を見付けましょう」

 春直もユーギの真似をして、ほがらかに笑ってみせた。

 そんな年少組の気遣いが嬉しくて、晶穂は涙腺が緩みそうになるのを懸命に堪える。不安なのは自分だけではない、とゴーダから聞いた話を思い返しながら自分に言い聞かせた。

「ありがとう、春直、ユーギ。早く、リンを見つけ出さないとね」

「でも、光は闇の反対側ってどういう意味なんでしょう?」

「わかんないけど……。案外、単純な話だったりしてね」

 小さく笑ったユーギは、自分たちを眺めていたゴーダに話を振る。

「ゴーダ、他には何かないかな?」

「手がかりってことか? ……僕らもより多くのものが提供出来ればよかったんだけど、これ以上は何処にも書かれていなかった」

「じゃあ、闇の反対側へ行くしかないってことか」

 ぐるっと腕を回し、ユーギは傾いた陽の光からそれが出て来た方へと人差し指を向ける。日本で言うならば、東から西へと指差すイメージだ。

 それを見ていた春直が「夜から昼……」と呟く。しばし思考に落ち、ハッと目を丸くした。

「どうしたの、春直? 顔がころころ変わってるよ?」

「ユーギ、ぼく気付いたかもしれない!」

「何に?」

 首を傾げるユーギに何か言いたげな春直。そんな二人を見ていた晶穂は、ひらめいて「あっ」と声を上げた。

 その声に驚いた少年たちとゴーダが彼女に注目する。

「どうした?」

「もしかして、晶穂さんも気付いた?」

「え? なになに!」

「うん、あのね……」

 晶穂の出した答えに、三人はそれぞれの声を上げた。そして彼女の答えがあっているのか確かめるため、真っ直ぐにそちらへ向かう。


 同じ頃、克臣とユキもまたクロザから事の次第を詳しく聞いていた。光の粒に至るための手がかりを知っても、それが何を示すのか見当もつかない。

「んー、何だそれ?」

「それがわかったら、最初からお前たちにそれを伝えてる」

「間違いないね」

「そりゃあそうだな」

 息をつくクロザに首肯するユキと、彼らに苦笑を見せる克臣。

「一先ず、無駄足を踏まずにリンを探せるということで良しとするか」

「……答えが間違ってたら無駄足だけどね」

「嫌なこと言うなよ、ユキ」

 年下の冷静な突っ込みに肩を竦め、克臣は「さて」と呟いた。

「姿を変え、人を惑わすか。その姿がどんなものかにもよるだろうが……人の、それで幼い子どもとかだとリンは無下には出来ないだろうな」

 あいつは何だかんだ言いつつ優しいからな。克臣はリンをそう評し、眉を寄せる。

「子どもの姿で誘えば、大抵の人は気が緩むよ。警戒心がなくなるっていうのかな、そんな気がする」

「ユキの言う通りだろ。俺だって、ちっさな子どもにせがまれたら言うこと聞いてやろうかと思う」

「克臣さんは子どもがまだちっちゃいもんね。そう思うのは当然だよ」

 克臣の息子、明人はまだまだ舌足らずな赤ん坊だ。彼を溺愛している克臣にとって、同年代の子どもは可愛いという対象でしかない。

 ユキは「うーん」と首を傾げ腕を組んでいたが、ふと空を見上げて呟いた。

「そういえば、日の光ってそのまま『光』を表すよね。それで、夜は『闇』」

「だな。昼間が光で夜が闇っていう区分はわりと一般的……そうか!」

 克臣の大声に驚いたのか、木の上の方にいた鳥の群れがバサバサと飛び立った。それらが向かう先では、日が遠退いたことによって少しずつ夕闇が近付いている。

 夕焼けを眺め、クロザが呟いた。

「……闇の反対側に、光がある」

「つまり、夕焼けと反対側に行けってことだな」

「範囲が広過ぎるだろう」

「行ってみないとわかんねぇよ」

 ケラケラと笑った克臣は、ふと真面目な顔をしてまだ残っている陽の光を見詰めた。眩しさが和らぎ、これ以上力が弱まると追えなくなりそうだ。

「多分、晶穂やジェイスたちも向かってんだろ。あいつら、俺よりも聡いからな」

「自覚あったんですね、克臣さん」

「ああ。……って、そこは否定しろよ」

 ユキの変わらない減らず口に笑って返し、克臣は二人の前に立った。

「じゃ、日を追いかけるとするか」


「――まだ、こないで」

「アルファ? 何か言ったか?」

 日の光が落ちる方。その果てともいうべき場所で、色素の薄い少女が振り返って何かを呟いた。彼女の隣で手を引いていたリンは、その難しい顔が気になって問いかける。

 しかしアルファは、リンを笑顔で見上げると首を横に振った。

「なんでもない。おもちゃをおいてきたかなってきになっただけ」

「おもちゃ?」

 首を傾げたリンが思考を始める間もなく、アルファが彼の手を引いた。

「こっち、きて」

「お前が見付けたいものって何なんだ、アルファ?」

「ないしょ」

 くすくすと笑い、アルファはぐいっと腕に力を入れた。

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