第584話 光の粒の言い伝え
晶穂たちが三つのグループに分かれて森を進んでいた時、クロザとゴーダは里から森へと入るところだった。透視能力を持つゴーダが道を選び、彼の後をクロザが追う。
二人は一刻でも早くリンたちに追い付こうと、その足を更に速める。古来種である二人は、普通の人間よりも身体能力が高い。倍速に近いスピードで野を駆けることが出来る。
(何処だ、リン!)
クロザは内心で叫びながら、進行を邪魔する木々を交わしながら進む。
「ゴーダ、一番近くにいる奴は!?」
「ジェイスが近い。しかも、あいつこっちに気付いてるな」
「なら、お望み通りにしようじゃないか」
ジェイスの察しの良さに舌を巻きつつ、二人は加速した。
それよりも少し前、森を進んでいたジェイスがふと立ち止まる。じっと周囲を見渡し、ある一点を見詰めた。
「……?」
「ジェイスさん? どうかしましたか」
共に歩いていた唯文が、隣にいなくなったジェイスを探して振り返る。彼に問われ、ジェイスは「いや」と何かを考えるそぶりを見せた。それから何かを察したのか、唯文の名を呼んだ。
唯文が駆け戻ると、ジェイスは「ここで少し待っていよう」などと言う。
「こんなところで……? 何か来るんですか?」
「その通り。五分もないと思うから、わたしを信じて一緒にいてくれるか?」
「わかりました。森の中で嘘ついても仕方ありませんからね」
「ありがとう」
内心焦りを覚えているだろうに、唯文はジェイスを素直に信じて立ち止まる。そんな唯文を可愛いなあと思いながら、ジェイスはどんどん近付いて来る気配に身構えた。
何処からか近付いて来る気配を感じ取り、唯文の白い犬耳がぴくりと動く。
「誰か、来る!?」
「その通り」
「――ジェイス、唯文!」
ガサリッと音がしたかと思うと、二人の目の前にクロザとゴーダが現れた。余程急いでいたのか、葉っぱや小枝を服に幾つもつけている。
「やあ、二人共。そんなに急いでるってことは、急用か?」
「その通り。リンは何処に? 透視で見たけれど、三つに分かれてるんだな。その何処にも姿がなかったんだが」
ゴーダが最悪の事態を想定しつつ尋ねると、ジェイスと唯文は顔を見合わせて顔をしかめた。それを見ることで、クロザとゴーダは想定が正しいことを知る。
「まさか、連れ去られたのか?」
「光の粒が、リンを連れて行った。わたしたちはそれを追おうと探しているところで……何故、連れ去られたと思った?」
「まさにそのことについて、文献からわかったからだ」
ジェイスの問いに応じたクロザは、自分が見付けた記述について話したいと言った。対してジェイスと唯文も、ただごとではないと頷き合う。
「丁度、ここは開けているから。聞こう」
「助かる」
クロザは切り株に腰を下ろし、ジェイスたちも各々に聞く体勢を整える。
「それで、急いで来た理由を聞こうか?」
「ああ。お前らが出た後、オレとゴーダはツユの家の地下にある書庫を物色していたんだ」
「あの家は代々奉人を務める者を輩出しているから、古い文献なんかも残ってるんだよ。それを思い出して、何か手助けになるものを探そうと思ってね」
クロザの話にゴーダが補足をする形で、それは始まった。
「光の粒が色んな書かれ方をしているっていうのは、お前たちに報告書を見せたし、ホウセンさんたちからも聞いたと思う。オレたちが見付けたのは、そこには決して描かれないだろう内容だ」
「それは?」
「光はな、人を惑わすんだそうだ」
「惑わす?」
思いも寄らない言葉を聞き、唯文はオウム返しに尋ねた。するとクロザが頷き、続ける。
「そう。ある者は導かれた先で崖から転落し、ある者は惑わされて森を何十日も彷徨ったとか。兎に角、そういう話も残されているんだ」
「まあ……興味本位で近付いた結果、しっぺ返しを食らうって話はよくあるからね。わたしたちは複数人だし、幻惑には強い方だと思いたいけど。でもおそらく、クロザの心配はそこではないだろう?」
「勿論、こういうことがあるってのは前提だ」
危険もつきまとうが、ほとんどの話で人は死なない。悪くて骨を折るだの空腹にさいなまれるだのというくらいだ、とゴーダが付け加える。当然、それらも十分に恐ろしい。
「それ以上に不安な話が一つだけある。……光の粒がたくさん集まると、姿を変えるらしい」
「姿を変える?」
「しかも人一人なら難なくかどわかし、己の遊び相手を永遠に……死ぬまでさせるとか」
「かどわかして、死ぬまで!?」
がばりと切り株から立ち上がった唯文に、クロザは真剣な顔で頷く。
「お前たちからリンが光の粒と共に消えたと聞いて、いよいよこれは真実かと薄ら寒い気持ちだよ」
「このままじゃ、団長が……」
どうしよう、ジェイスさん。唯文が悲鳴めいた声を上げ、ジェイスは腕を組んだ。
瞑目すること数秒、ジェイスはクロザとゴーダに目を向ける。
「……クロザ、ゴーダ。頼みがある」
「残りのメンツのところになら、オレとゴーダが手分けして伝えに行くぞ」
「流石だな。頼む」
「わかった」
「任せてくれ」
頷く二人に、ジェイスはわずかにほっとした。
「わたしと唯文も、早くリンを見付けられるよう努力するよ。何か、手がかりになりそうな記述はなかったのか?」
「関係するとすれば、『光は闇の反対に位置する』という言葉くらいか」
「……光は闇の反対に、か。判じ物だな」
「それがヒントなら、解いてみせましょう」
やる気を見せる唯文に「勿論だ」と返し、ジェイスは既にいなくなっていた古来種のいた場所をなんとなく見た。ふわりと風が吹き、草を揺らす。
「さあ、謎解きの時間だな」
ジェイスが見上げると、木々の合間から傾きかけた陽の光が覗いていた。
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