第583話 あるふぁ
(ここは、何処だ……?)
リンが意識を取り戻した時、何かが周囲をふわふわと舞っていることには感覚で気付いていた。ただ何が起こったのかわからず、警戒するために目を開けることはしない。
背中に硬いものが幅広くあたっている。土と草のにおいがするところから、先程の森とそれ程距離が離れていないのだろうと推測した。更に周囲から敵意を感じられず、リンは困惑を深める。
「……」
そっと瞼を上げると、彼を覗き込むように光の粒が集まっている。その眩しさに目を細めると、光たちはわっと散って行った。
警戒を解かずに上半身を起こすと、散っていた光は再び集まって塊になっている。その塊は徐々に何かの形を作り始め、眺めていると十歳くらいの女の子の形に落ち着く。
「おんな、のこ?」
「――……」
肩まで伸びたストレートの髪が、女の子が軽く首を横に振ると一緒に動く。髪の色は光と似た明るい黄色で、瞼を上げると大きなオレンジ色の瞳がリンを見上げた。
光の粒が集まって人になる。それは直に見たリンですら、本当だと信じるのに時間を要した。それ程までに、不思議な光景だったのだ。
リンはそっと片膝をつき、女の子と目線を合わせた。出来る限り怖がらせないよう、優しい言い方を心掛ける。
「……きみは、守護なのか?」
「しゅご?」
かくんっと首を傾げる女の子。その様子から、自分が一体何者なのかを知らないのではないかという疑いが生じる。
困惑が顔に出ていたのか、女の子はリンの顔をまじまじと見詰めてからくしゃりと笑った。とんっとリンの眉間に人差し指をくっつけて言う。
「ここ、しわできてるよ」
「あ、ああ」
眉間をさすり、リンは表情を改める。
(どうも調子を狂わされるな)
子どもの扱いは得意ではないが、ある程度は出来ると思っていた。しかし、予想だにしない行動を取ったり言葉を言ったりするこの少女は少し扱いにくい。
リンは、それでもどうしたものかと腕を組む。少女をこのまま放置するわけにもいかず、一人で花の種を探すことも出来ない。晶穂たちを安心させたいが、仲間たちが何処にいるかも見当がつかない。
(仕方ない)
立ち上がり、自分を見上げてくる少女に片手を差し出す。彼女はしばし目をパチパチとしていたが、リンに「おいで」と言われて笑顔で手を繋いだ。
「えへへ〜」
「……きみ、名前は?」
「なまえ? んーとね」
さわさわと風になびく木の葉に目をやりながら、少女は「んー」と言いながら考えている。それを眺めながら、守護に名前も何もないかとリンが思った頃。
あ、と少女が何かをひらめいた。
「どうした?」
「あのね、わたしの名前……あるふぁ」
「アルファ?」
「そう! あるふぁ!」
自分で思い付いた名前を気に入ったのか、少女は何度も「アルファ、アルファ」と繰り返す。その無邪気な様子に、リンも思わずくすりと笑ってしまった。
思わず笑ったリンを見上げ、アルファが目を輝かせる。
「りん、わらった!」
「俺の名前、知ってるのか?」
「うん。だって、おしえてくれたから」
「教えた? 誰が」
「なーいしょっ」
くふふと笑い、アルファはリンの手を引き走ろうとする。子どもの力というものは存外強く、こちらも手加減するために引っ張られやすい。
「お、おい!」
「あそぼうよ、りん! ……わたし、ずっとあそびあいてがほしかったの」
ぼそりと呟いた言葉は小さ過ぎ、リンには聞こえない。
「何か言ったか?」
「んーん。なにしてあそぶ?」
にぱっと笑顔を見せたアルファに手を引かれ、リンは否応なしに彼女のペースに巻き込まれる。
(あまり長居したくないんだが……)
頭の隅に花の種探しを置き、かくれんぼを始めたアルファを探す。リンは焦りを覚えながらも、どうしたらアルファから種の在り処を聞き出せるかを考えていた。
同じ頃、晶穂たちは森に出来た獣道を辿っていた。それが三叉の分かれ道に差し掛かり、どうすべきかを話し合う。
三方向を眺め、ジェイスが提案した。
「この先がどうなっているかはわからないけど、三つにグループを分けようか」
「そうするか。どう分ける?」
「ひとまず、わたしと克臣、晶穂の三人が分かれよう。それから、四人はじゃんけんでもするかい?」
「わかった!」
ユーギが手を挙げ、三人に「勝った順にジェイスさん、克臣さん、晶穂さんね」とルールを決める。
「四人で三グループってことは、一ヶ所二人だな」
「それはタイミング次第だけど……」
ちらっと晶穂の顔を見上げたユーギは、パッと目を光らせた。
「よし。晶穂さんとこに二人ね!」
「了解」
「うん」
「おっけー」
全員の了解を得、ユーギは音頭を唯文に任せた。
「じゃあ行くぞ。じゃーんけん……」
そして、ジェイスと唯文、克臣とユキ、晶穂とユーギと春直というメンバーに決まった。更に分かれ道は右からジェイス組、克臣組、晶穂組が進むことにする。
「危険は冒さないこと。逃げてもいい。里まで戻ればクロザたちもいるはずだから、助けを求めて。……いいね?」
「ジェイス、それ一応言っとこうくらいのノリだろ」
克臣に突っ込まれ、ジェイスは肩を竦めた。
「まあ、ね。全員無茶するのはわかってるけど、無事に帰らないと。花の種探しは、全員が無事でいることが何よりの条件だ」
「勿論、ジェイスさんもですよ?」
「わかってるさ、晶穂」
ぽんっと晶穂の頭を撫でたジェイスは、「さて」と進行方向を振り返る。この先はおそらく、道などないに等しいだろう。
「じゃあ、行こうか」
七人はそれぞれの方向に一歩踏み出し、森の奥へと進んで行った。
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