第582話 迷子

 その日の午後、リンたちはホウセンら里の長老たちから言い伝えや昔話について教えてもらった。老人たちは客人の来訪を喜び、子どもたちにはたくさんのお菓子をくれた。

「こんなに良いの?」

「流石に貰い過ぎじゃ……」

 抱える程の量のお菓子類を貰い、ユキと春直が困惑する。その近くでは、ユーギと唯文が苦笑をにじませた。

「良いの良いの。みんな、お客さんが来てくれたことで浮足立っているんだから」

 貰えるものは貰っておきなさい。そう言って笑ったのは、ホウセンと同い年だという妻だ。朗らかな笑顔の似合う老女で、美味しい紅茶を入れてくれた。

「あなたたち、遠くから来たのね」

「そうですね。とはいえ、今まで色々なところに行きましたから、苦ではありませんよ」

「あらあら、そうなのね」

 見目麗しいジェイスに微笑まれ、老女は若々しく頬を染めた。妻の可愛らしい表情を眺め、ホウセンは呆れ声で言う。

「ばあさん、それくらいにしてやってくれ。この子たちはこれから調査に行くんだから」

「そうですね。でも、あなたも昨日からそわそわしていたではありませんか」

「それを言うな」

 全く。ホウセンは顔をしかめたが、わずかに頬が緩んでいる。

 老夫婦の仲睦まじい様子に癒やされ、リンたちは二人の家を辞した。

 午前中だけで訪れた家は三軒。それぞれに昔を知る老人たちが住み、お茶と菓子をつつきながら話してくれた。

 その内容は多岐に渡り、一見銀の花の種と関連のなさそうなものも含まれる。しかし何処か謎めいたところがあるものばかりで、好奇心旺盛なユーギや春直らが特に目を輝かせていた。

「『白い光に導かれて帰った迷子』のお話、面白かったですね」

「ぼくは『神様と話した男』の話が楽しかった!」

「そうだな。貴重な言い伝えばかりで、興味深かった。やはり森に関する話が多いように感じたな」

 子どもたちの話に応じながら、ジェイスが思考をまとめていく。里の周囲は木に囲まれ、他とは一線を画す。山々が連なる環境もまた、それに拍車をかけたのだろう。

「つまり、今回の種は森にあるってことか?」

「たぶんね」

「なら、さっさと見付けようぜ。何を課してくるかわかんねぇけど、全力で向かい合うだけだ」

 ニヤッと笑った克臣に「そうだな」と同意し、ジェイスは先を行くリンへと視線を向ける。

「リン、そろそろ」

「はい。……来た」

 リンの言う通り、不意に白い光が地面から湧き上がって来る。蛍の光よりも強いそれは、無数にリンたちを取り巻く。

「わっ」

 晶穂の髪の毛の一房が取られ、不自然に宙に浮く。その先に幾つかの光の粒を見付け、彼女は目を瞬かせた。

「遊んでる……?」

「わからないが、敵意は感じない。――え?」

 手のひらに落ちて来た光を受け止め、リンは首を傾げた。しかしその直後、当惑の声を上げる。光の粒がどんどん彼の元へと集まり、包み込もうとしていたから。

 リンの声に真っ先に反応したのは、傍にいた晶穂だった。

「リン? ……リン!?」

「あきっ……」

 ぷつり、とラジオが切れるようにリンの姿が消える。引き留めようと伸ばした手をすり抜け、晶穂は呆然と立ち尽くす。

「光の粒も……消えた」

「一体どうしたんだ?」

 ユキと唯文も言い合い、不安げに視線を彷徨わせる。ユーギと春直も寄って来て、四人は晶穂の傍に集った。

 心配を声に乗せ、春直が尋ねる。

「晶穂さん、大丈夫?」

「兄さんを光の粒が連れて行ったみたい……だね」

「おれたちには用がないってことか?」

「この森の中かな? 捜さないと」

「大丈夫、大丈夫。何か理由があって、連れて行かれたんだ。……捜そ、わたしたちも追わないと」

 晶穂が振り返ると、ジェイスと克臣が険しい顔をして立っていた。彼らと目が合った晶穂は、頷く。

 少し考えたジェイスは、ユキに声をかける。

「……ユキ、魔力を追えるか? わたしも追う」

「やってみるよ!」

「お前ら、迷子を見付けるぞ」

 ―おー!

 リンを案じる気持ちは皆同じだ。迷うことなく即断即決のジェイスたちに感謝しつつ、晶穂は彼らと共に森を更に奥へと進むことになった。




 同じ頃、クロザはゴーダと共にツユの家にある書庫に籠もっていた。奉人まつりびとという特殊な家系にあるツユの家には、長老たちの家のように古い文献が残されている。

「リンたちが出掛ける前に気付けばよかったな」

「ぼくらにとっては日常過ぎて、存在を忘れていたからね。行ってしまったものは仕方がないよ」

「……何か目ぼしいものがないか、だけ探そう」

 そういう経緯があり、二人は地下の書庫にいた。ツユは埃の多い書庫に行くことを遠慮させ、いつリンたちが戻って来ても良いようにと後を任せている。

 地下一階に位置する書庫はツユの自宅の一階部分の倍の広さがあり、全部を見て回ることは難しい。その為二人は、歴史や伝説の書かれた文献が収まる書棚に限定して調べていた。

「……」

「……」

 一時間が経ち、二時間が経とうとしていた。そろそろクロザの集中力が切れている頃か、とゴーダは読み終えた歴史書を棚に戻して様子を見に行く。すると予想に反し、クロザは書物を読みふけっているように見えた。

「クロザ」

「……これは」

「クロザ?」

 何度も名前を呼ばれ、クロザはようやくゴーダが傍に来ていることに気付いた。本から顔を上げ、振り向く。

「ゴーダ……」

「どうしたんだ、クロザ? 顔が青いぞ」

「早く、リンたちに伝えないと」

 顔色の悪いクロザが唐突に椅子から立ち上がると、

 その椅子がガタンッと音をたてて倒れた。それに構わず駆け出そうとするクロザの腕を、ゴーダが掴む。尋常ではない。

「何があったんだ、クロザ! 何を見付けた?」

「ゴーダ、

「どういう……」

「最悪の場合、!」

「……詳しく聞かせて」

 あくまで冷静なゴーダが促すと、クロザはせきを切ったように話し始める。その内容を理解し、ゴーダも顔を青くした。

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