第581話 光への考察

 リンの手元を覗き込む組とジェイスの手元を覗く組に分かれ、しばしツユのまとめた言い伝えを読み込むメンバーたち。その様子をベッドに腰掛け眺めるツユは、軽く咳き込んでクロザに背中をさすられた。

「苦しくないか、ツユ?」

「心配し過ぎ。でも、ありがとう」

 穏やかに、しかしある種の緊張感をはらんで過ぎていく時間。リンは種の話に似たものを中心に読み進めていたが、やはりと腑に落ちるものを感じていた。

(白い光、不思議な体験。どれも、種がかかわっているような気がする。ただ、何処にも守護らしき記述はなさそうだな)

 ある話では、白い光に驚いた男が立ち止まるとその先は崖だったという。また別の話では、白い蛍に導かれて辿り着いた場所に、美しいものがあったと語る。他にも様々に語られているが、今までリンたちが見聞きしたものによく似ていた。

 リンはファイルを閉じ、そっとテーブルの上に置く。それからわずかに思案顔をして、つと顔を上げた。

「おおよそ、俺たちが今まで見聞きしたことと話の内容に大差はないと思う」

「だろうな。同じものが元になっているんだ。全く別の話が伝わる方が珍しいだろ」

 クロザもリンに同意し、これからどうするんだと尋ねる。

「俺たちは、花の種を見付けないといけない。そのヒントがもっと欲しいから、ホウセンさんにもう一度会いたいな」

「ホウセンさんなら、自宅にいると思う。何人か昔のことを知ってる人がいるから、会ってみたら良い」

「助かる、クロザ」

「いや……」

 素直に礼を言われ、クロザは目に見えて照れた。それを見ていた春直が、ぼそりと呟く。

「何か、雰囲気変わりましたね」

「戦う必要なくなったもんな」

「……春直、ユキ。聞こえてるぞ」

 二人を一睨みしたクロザだが、そこに本気の怒りはない。それがわかっているから、春直とユキも「ごめんなさーい」と軽く謝った。

「全く……」

「それでクロザ、他に変わったこととかはないか? 例えば、誰かに影響が出たとか」

 克臣の問いに対し、クロザはうーんと悩む。それから首を横に振った。

「光を見て驚いたり怯えたりという話は聞くが、幸い怪我人はいない」

「それはよかった」

「あくまで今は、という限定的な言い方しか出来ないがな」

「その憂いを失くす、その為には早く種を見つける必要があるね」

 ジェイスの言葉に「ああ」と同意したクロザが口を開こうとした時、玄関の外で誰かの声がした。トントンとノックの音も一緒に聞こえる。

「帰ってきたみたいだな」

 ほっとした表情を浮かべたクロザが席を立つ。

「待っていてくれ。たぶん、ゴーダだ」

「じゃあ、一人分紅茶入れてくるよ」

「助かる」

 クロザと晶穂が共に部屋の外へと消え、間もなくクロザがゴーダを連れて戻って来た。

 ゴーダはリンたちを目にし、驚いたのかわずかな間固まる。しかしそれも数秒のことで、すぐに普段を取り戻した。

「久し振り、銀の華。ツユからは花の種を探していると聞いてるけど、何かわかったか?」

「久し振りだな、ゴーダ。光の粒の範囲が広がってるっていうことくらいだ」

「広がってる……やっぱりか」

「何が『やっぱり』なの? ゴーダ」

 首を傾げたツユに、ゴーダは頷いて続ける。

「神庭からの帰り道、この前まで何もなかった場所に光の粒が出現していたんだ。それに触れたからといって何があるわけでもないんだが……どうしたものかと思っていたんだ」

「場所が広がっている……か」

 クロザが持って来た地図に、ゴーダが光を見た大体の場所をペンで記す。里を中心に、円を描くように広がっているように見える。

 光の位置を指でなぞっていたユーギが、ふと口を開く。

「このまま行ったら、ソディリスラ全域に広がるんじゃない……?」

「何もないといえばないけど、多分阻止した方が良いんだろうな」

 唯文が腕を組み、晶穂も微妙な顔をする。

「こんなに広範囲になって……守護の本体は何処にいるんだろう?」

「……晶穂も、この?」

「うん。そうであって欲しいって気持ちと、そうじゃないとおかしいよねっていう気持ちがあるけど」

「どういうことだい、二人共?」

 この部屋にいる者たちの中で、共通の考えを持っているのはリンと晶穂だけだ。ジェイスを含め、皆理解が追い付いていない。代表したようにジェイスに問われ、リンが応じた。

「今まで……とはいえ、まだ三つ目ですが。前二つの守護は比較的すぐに現れた印象を持っていますが、今回は勝手が違います。未だ、出会えたとは言い難い」

「そうだね」

「正直、俺自身も半信半疑です。俺の中にある感覚だけで物事を進めて良いのかという迷いもありますが、あの光それ自体が守護なのだとしたら納得が出来ます」

「気配が多過ぎて、色んな所に散らばっていて薄まっている。イメージとしてはそんな感じだと思うんです」

 晶穂が補足し、ツユが目を瞬かせた。

「つまり、色んな所に現れている光そのものが守護……種を守る存在ってこと?」

「こじつけかもしれないけど、あの光ともう一度接触を試みたいんだ。多分、正体がわかっていれば何か変わると思う」

「なら、あの光が現れる場所に行かないとね」

 そう言うと、ジェイスは地図の上に指を滑らせる。彼の指が示すのは、今まで光が現れた場所。順に里から遠のいていく。

「とはいえ、次に何処に現れるかなんてヒントはないわけだけど……」

「……俺は、そんなに遠くないと思っています」

「根拠はあるのか、リン?」

 克臣に問われ、リンは若干の戸惑いを顔に浮かべたままで言う。勘です、と。

 普通ならば、勘などという不確定な根拠を述べられたところで誰も相手にすまい。しかし、そこは長年共に歩んできた仲間たちだ。それ以上深追いすることなく、疑いもしない。

「リンが言うなら、そうなんだろうな」

「ああ。なら、一度出たというこの場所に行ってみようか」

 けろっと賛同する克臣とジェイスに、面食らったのはクロザたちだ。クロザは軽く目を見張り、傍に居た春直に小声で尋ねる。

「……お前ら、疑うとか否定するとかしないのか?」

「しない訳じゃないですよ。でも、リン団長は冗談で嘘を言う人でもありませんから。素直になり切れないけど、真っ直ぐな人なので」

 だから、仲間たちからの信頼を得ている。春直の嬉しそうな表情に、クロザは息を呑んだ。そして同時に、何かが腑に落ちる音が聞こえた。

(だから、オレはこいつらに負けたのかもしれない)

 紫色の瞳が揺れ、ふっと息だけの笑いが漏れる。ツユとゴーダが不思議そうに自分を見ているが、何も言うまい。

「――折角だ。ホウセンさんたちに言い伝えを聞きに行ってからでも良いだろ。明日の朝、オレたちと一緒に最初に光が現れた場所に行くぞ」

「ああ。助かる、クロザ」

「おう」

 任せろ、とクロザが拳を胸に置く。

 リンたちはそのままクロザたちと昼食をともにし、午後はホウセンたちを訪ねることで落ち着いた。

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