第580話 ツユの家

 ホウセンがリンたちをまず案内したのは、ツユがいるというこじんまりとした家だった。落ち着いた配色の家が点在する中、ツユの自宅はそれらから少し離れた場所にある。

 同行者たちを待たせ、ホウセンはその家の戸を叩いた。

「ツユ、ホウセンじゃ。入っても良いか?」

「ホウセンさん? ちょっと待っていてくれ」

 家の中から、明らかに女のものではない声が聞こえた。その声に聞き覚えがあり、リンたちは顔を見合わせる。そして、自分たちの予想が合っていたことを戸が開いた瞬間に知った。

「すみません。今ツユは……って、お前ら!?」

「クロザ、久し振りだな」

 片手を挙げ、リンが挨拶をした。

 クロザはばつの悪そうな顔をしたが、諦めたらしく「入れよ」と後方を親指で差した。

「ツユもいる。ゴーダはまだ神庭から戻ってないが、じきに戻る」

「わかった。お邪魔させてもらうよ。ホウセンさん、ありがとうございました」

 リンが礼を言うと、ホウセンは朗らかに笑った。

「なに、何と言うこともない。坊主たちを頼んだぞ」

「……だから、坊主って言うの止めてくれ」

 クロザのぼそっとした文句を、ホウセンはさらっと聞き流す。軽く杖を振り、去って行った。

「ホウセンさんと仲が良いみたいだな」

「仲が良いというか、子どもの頃から世話になってて頭が上がらないんだよ」

 苦笑気味に嘆息し、クロザはリンたちを連れて廊下を歩いて行く。廊下の最奥、白いドアの前でクロザが立ち止まってノックした。

「ツユ、客だ。……入るぞ?」

「うん、どうぞ」

 中からツユの声がして、クロザはドアを開けた。すると午前中の明るい陽射しの中、ベッドで上半身を起こしているツユが迎える。

 ツユはクロザの言う客の正体を知り、目を丸くした。

「お客さんって、みんなのことだったんだ」

「驚かせたな。すまない」

「大丈夫。また会えて嬉しいしね」

 柔らかく笑ったツユは、銀の華と対立していた当時の影もない。しかし儚さを感じるその容貌に、晶穂の胸は締め付けられた。

 そっとツユの傍に行き、晶穂は彼女のベッドの横に膝をつく。そして、そっと彼女の顔を下から覗き込んだ。

「ツユ、体悪いの?」

「晶穂は騙せないか」

 肩を竦めたツユは、白く細い指で晶穂の手を握り返した。その指の血の気のなさに、晶穂を始めとした全員の表情が変わる。

 リンは思い詰めた表情で立つクロザに、出来る限り落ち着いた声音で問う。

「……ダクトの影響か?」

「いや、その前から症状は進んでいた。ダクトがいて少し進行は落ち着いていたんだが……反動がな」

「何か、手助け出来ることはないのか? ……あれば、とっくにやってるよな」

「医者にも見せたし、滋養強壮効果のある薬も幾つも試してきた。それでも、特殊な役割にあるツユの運命を変えるのは困難だ」

 クロザは苦虫を何匹も同時に噛み潰したような顔で、やれることはし続けていると明かす。

「神庭に行くようになって、進行は鈍化しているんだ。ただ、それでも止まるわけじゃない。あいつの調子が良い時は、あいつのやりたいようにさせてるんだ」

「本当に、クロザとゴーダには感謝だよ。白い光のことだって、散歩中に見付けたんだから」

 ツユがクロザの言葉に口を挟み、胸を張る。

 白い光と聞いて、銀の華のメンバーはハッと顔を上げた。彼らの反応を見て、ツユとクロザは頷き合う。

「お前ら、そのことについて聞きに来たんだろ?」

「答えられることなら、全部答えるよ」

「なら、さっきのホウセンさんから聞いたことも含めて、お前らに詳しく話を聞きたい」

 その場で情報交換会が行われることとなり、キッチンの場所をツユに教わった晶穂と春直がその場から消える。

「椅子要るか?」

「絨毯あるし、床に座らせてもらうよ」

「なら、テーブルだけ出すな」

「ぼく手伝う!」

 勢い良く手を挙げたユーギと一緒に、クロザは部屋の隅に片付けられていた折りたたみ式のテーブルを出す。足が短く背の低いそれは、円に座ったリンたちの真ん中に置かれた。 

 それからしばらく、互いの近況報告などがなされる。リンたちの銀の花の種探しについて初めて詳しく聞いたクロザとツユは、言葉もなく聞き入った。

 クロザたちの近況も語られた頃、部屋の戸がノックされる。

「紅茶、勝手に沸かさせてもらったよ」

「熱いから気を付けて下さいね」

 晶穂と春直が全員に温かい紅茶を手渡し、ようやくひと心地つく。

 猫舌のクロザはカップを揺らし紅茶を冷やしつつ、「それで」とリンに視線を向けた。

「リン、何が聞きたい?」

「まずは、ホウセンさんに……というか、俺たちが体験したことなんだが」

 そう前置きし、リンは自分たちがホウセンと出会った時のことについて語る。里の手前の森の中で白い光の粒に出会ったことを。

 リンの話を聞き、クロザとツユは驚いた。

「そこまで影響が広がっているのか……」

「里の周辺だけかと思っていたけど、もっと範囲は広かったんだね。あたしは、あまり広い範囲までは見られなかったから」

「代わりにホウセンさんが行ってくれてたのか。あの人、もういい歳なんだけどな。かくしゃくとし過ぎだろ」

 苦笑を交え、クロザは光の粒が現れ始めた頃のことを話し始める。

「現われ始めたのは、一ヶ月くらい前からだと思う。その頃は少なくとも、里周辺の森でしか見られなかった」

 何の被害報告もないが、ただ不思議だと怯える人々が増え始めたのだ。彼らの訴えを聞き、クロザは里周辺で原因を調べた。

「でも、何も見付からなかったんだろう?」

「その通りだ、克臣。幼い頃から遊び場にしてきた森のことは何でも知ってるつもりでいたが、どうやら何も知らなかったらしい」

「最近ようやく、里の長老たちの話を聞いたり言い伝えを調べるようになったの。その中にヒントがあれば良いんだけど……これを見て」

 ツユはゆっくりとベッドから下りると、近くの本棚から二冊のファイルを取り出した。そこには何十枚もの紙が挟まれており、その全てにびっしりと文字が書かれている。

「ホウセンさんたちが教えてくれた、この里の言い伝えや昔話をまとめてみたの。春直から話を聞いていたから、花の種に関係しそうなところには栞を挟んでみた」

「……早速、読ませてもらうよ」

 リンはツユに断りを入れ、ファイルを開いた。

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