第579話 白い光
リンたちが古来種の里に着いたのは、宿を出た翌日の朝のこと。本来ならば夜のうちについていたのだが、一つアクシデントに見舞われたのだ。
「この先、ですか」
古来種の里の手前には、針葉樹の森が広がり、更に歩けば険しい山にも入り込む。山に入る道を行かずとも里に行くことは可能で、リンたちはまさにその道筋を辿っていた。
唯文が指差す方向を確かめ、リンは「そうだ」と頷く。
針葉樹に隠れた道は獣道であり、人々が通る道でもある。しかし冬が近付いた今、ここを通る者は獣くらいしかいない。リンたちはその獣道を辿り、そろそろ里が見えて来る頃という場所だった。
少し開けた森の中、晶穂がふと立ち止まる。
「雪?」
「いや、これは違うよ。これは……なんか、光の粒みたいだ」
「まるで、ツユさんが言っていたのみたい」
ユーギと春直が言い合い、リンたちも足を止めた。見上げれば、確かに淡く光る粒が何処からともなく降り注いでいる。
その一粒を手のひらで受け止め、リンが呟く。
「形があるわけじゃない。触れようとすると、すぐに消えてしまいますね」
「実害があるようには思えないけど、初見はびっくりするだろうな」
応じたジェイスが周囲を見渡した時、ガサリと大きな物音がした。次いでドサッと何かが落ちる。
「何?」
「こっちから音が……」
顔を見合わせたユキと唯文が物音のした方にある木の陰を覗くと、そこには腰を抜かした老年の男性がいた。ユキたちを見上げ、目を見開く。
「な、何じゃお前らは!?」
慌てたらしい男は、杖を振りかざし魔力行使の構えを見せる。それに焦りを覚えたのは、ユキたちの方だった。
「おじいさん、里の人? クロザたちに会いたいんだけど……」
「クロザ坊主の知り合い、なのか?」
「ぼうず?」
かくっと首を傾げた唯文は、後ろから追い越してきた克臣を見上げた。
「克臣さん」
「じいさん、大丈夫か? 手を貸そう」
「すまんな」
素直に克臣の手に掴まった老人は、立ち上がってひと心地つく。カツンと音がして、木で作られた杖が鋭く地面を叩いた。
彼をゆっくりと引き上げ、克臣は改めて自己紹介を兼ねて尋ねる。
「俺は克臣。銀の華っていう自警団の者だ。1人ずつここで自己紹介ってのも何だから割愛させてもらうけど、クロザを坊主って呼ぶってことは、じいさんはあいつの知り合いなのか?」
「銀の華、か。わしらにとっちゃ、恩人の名だな」
よっこらせ。老人は少し曲がった腰を伸ばし、克臣たちを見回す。
「わしはホウセン。古来種の里では、長老の立場を持っとる者の一人じゃな。話は聞いている。……お前さんたちには迷惑をかけたことを詫びさせてくれ」
「ちょっ! じいさん、頭を上げてくれ」
深々と頭を下げられ、克臣たちは当惑した。しかし止めろと言っても止める様子を見せないホウセンに、リンが苦笑いを浮かべて近付く。
「ホウセンさん。頭を下げられていたら、俺たちも話すに話せませんよ。クロザたちに会いたいので、里まで連れて行ってくれませんか?」
「お前は……その赤い瞳……団長殿じゃな?」
「おっしゃる通り、銀の華団長のリンです」
じっと間近で目を覗き込まれ、リンは若干及び腰になりながらもその場に留まる。しばしリンを上から下まで眺めていたが、ホウセンは数分してようやく距離を取った。
「……確かに、この面構えならクロザが負けを認めたのも頷けるな」
「何かおっしゃいましたか?」
リンが訊くと、ホウセンは首を横に振った。
「いや。……ついてきなさい、銀の華の若者たち」
ホウセンは先頭に立ち、意外とかくしゃくとした足取りで森を進んでいく。彼の後を追い、リンたちは森を抜けた。
抜けた先にあったのは、古来種の里ではなかった。その手前にある、魔種や他の種族が多く暮らす町。
「ここ、里じゃないよね?」
「ああ、違う」
数歩駆けて前に出たユキが振り向くと、ホウセンは頷く。
「里までは、まだ距離があるからな。夕刻にもなった。夜に森を彷徨うのは、地元の者でもごめん被る」
「そっかー。じゃあ、クロザたちに会えるのは明日ってことだね」
心底残念そうなユーギが言うと、それに応じたジェイスがふとホウセンを振り返った。
「……ですが、里から離れた森の中にどうしておられたんです? ホウセンさん、あの森に何か御用でも?」
「御用という程のものではないがな。お前たちも見たあの白い光の粒の視られる範囲が何処までなのか、調べておったのだよ」
「つまり、かなりの広範囲だというのですか?」
「そういうことだよ、お嬢さん」
「……」
ホウセンの言葉を聞き、晶穂は眉をひそめた。ツユのメッセージによれば、白い光が見られるのは里周辺の森だったはずだ。しかし実際は、更に広範囲だと言うではないか。
「リン、どう思う?」
「そうだな……」
腕を組んだリンは呻き、それから肩を竦めてみせた。
「まずは、当初の予定通りに里へ向かおう。クロザたちからきちんと話を聞きたい。それから必要があれば、各々で調査することも可能だろう」
「わかった」
晶穂が頷き、つられるようにしてユキたちも首肯した。
そんな彼らの様子をベンチに腰掛けて見ていたホウセンは、タイミングを見計らっていた杖を突き立ち上がった。
「ついておいで。わしがよく使う宿に案内させよう」
そうして一晩を宿で過ごすことになったリンたちは、翌日ホウセンの案内で無事に古来種の里へと辿り着くことが出来た。
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