第578話 騎士的対応
春直に手渡された端末で、リンはツユから送られたメッセージを読む。彼の傍には晶穂とジェイス、そして克臣とユキがいる。
一足先に読み終えたユーギと唯文は、春直と共に五人を待つ。
「そういえば、どうして春直のところにツユさんからメッセージが届いたんだ?」
「前に一度、古来種の皆さんに力の使い方を教えてもらったことがあったでしょう? その時、連絡先を交換したんだ。また何かあったら互いに連絡しようって」
春直はそう言うと、メッセージを読み終えたリンから端末を受け取った。それを操作して、ツユの他にもクロザとゴーダの連絡先が入っているのを唯文たちに見せてくれる。
「みんな、ぼくにとっては師匠みたいな感じだから」
「その通りだな。……それで、ツユの言うことをまとめるとこういうことだよな」
リンは人差し指を地図上で滑らせ、古来種の里の上を指でトントンと叩く。
「古来種の里、その近くの森で白い光の粒が見られるようになった。あそこは雪深い場所だけど、今はまだ雪の季節じゃない。住民も怖がっていて、クロザたちが調査したんだよな。春直」
「はい。その結果、原因が特定出来ずに終わったと。ただし、昔話を知っている老人が、言い伝えの中に白い光の話があると言っているそうです」
「言い伝えの中の白い光……。春直、ツユにその人から詳しく言い伝えについて聞き出しておくよう頼んでくれるか? 俺たちも古来種の里に向かおう」
「わかりました!」
早速ツユへの返信を送っている春直を見てから、唯文が地図を覗き込む。
「団長、里まではどれくらいかかりますか?」
「汽車を使えば半日くらいかな。ここは……エレーヌか。エレーヌから駅までは少し距離があるな」
「地図で見ると、一山越える?」
「いや、越えなくても北東に行けば平地のまま歩けるよ、ユキ」
ユーギが笑いながらツッコミを入れ、地図上に指を置いて道筋を示した。
彼らの隣では、年長組が今後の行程を話し合う。ユーギの言う通り、少し遠回りになるが山を越えないルートが適切だろうということになる。
「町もあるし、食料調達はその時々でやろうか」
「だな。荷物は少ない方が何かと楽だ」
「ですね。一先ず、そういうイメージで良いかな」
そうしてわいわいと話し合い、チェックアウトするために晶穂が一足先に受付へと向かう。ロビーに集まったリンたちはしばし待っていたが、どうも晶穂の戻りが遅い。
「……俺、見て来ます」
「うん、頼むね」
ジェイスたちに見送られ、リンは何気ない風を装って受付へと近付く。すると、受付の青年と晶穂の会話が耳に入って来た。
青年はこう言っては何だが、何処か遊び人の雰囲気を持つ。すっきりと宿の制服を身にまとっているのだが、リンにはそう見えた。
「……なので、そちらへ行くのは止めた方が」
「ご心配下さり、ありがとうございます。あの、もう良いですか……?」
「折角ですから、私とこの後……」
どう考えても、これはナンパだ。丁度他の従業員は別件で席を外しているのか、誰もいない。
舌打ちを堪えたリンは歩くスピードを速めると、晶穂の手を引いた。その衝撃に驚いた晶穂の体がそのままリンに倒れ掛かり、彼は恋人を後ろから抱き締める。
「こいつは誰にも渡しませんよ」
「リッ……」
「な、ん、ですか? お……私はこの方と手続きをしていただけで……」
「見たところ、チェックアウトは済んでいるようですね。俺たちはこれで失礼します」
にこやかに一息で告げ、リンは言い募ろうとする青年を一睨みで黙らせる。青ざめた青年を無視し、リンは晶穂の手を引いて仲間たちのもとへと戻った。
「只今戻りました。行きましょう」
優しく晶穂の手を離し、リンは怒りを抑えるために冷静を装って言う。しかし、仲間たちは口々にリンの行動を讃えた。
「見てたぞ、リン。カッコ良かった」
「兄さん、あれはぼくだって腹が立つよ!」
克臣がリンの肩を掴み、ユキが腕を組んで仁王立ちした。唯文とユーギ、春直も憮然とした表情で受付の奥へと逃げる青年を目で追う。
「悪かったね、晶穂。わたしがここにしようと言わなければ、嫌な思いをさせることもなかった」
「そんなっ。ジェイスさんのせいじゃないですよ!」
頭を下げるジェイスに慌て、晶穂は両手と首を横に振る。
「リンが助けてくれましたから、大丈夫です」
ね、と晶穂が照れながら微笑むと、リンは口元を手の甲で隠しながら「……まあ」と歯切れの悪い言い方をした。二人して照れてしまい、その場に和やかな空気が流れる。
コホン。リンが咳払いをし、場を引き締めた。
「兎も角、出発しましょう。クロザたちから話も聞きたいですし、あまり時間を掛けてはいられません」
「出発だぁ!」
拳を突き上げたユーギにつられ、年少組四人が手を挙げる。それを見て、克臣が動揺に突き上げ、ジェイスは控えめに笑いながら顔の横まで握った手を挙げた。
リンはそもそもやらずに苦笑をにじませるに留まり、晶穂は胸元までは挙げる。
そうしていつもの雰囲気を取り戻した一行は、一路古来種の里へ向けて出発した。
同じ頃、ツユが春直からのメッセージを読んでいた。彼女は生来の病が進行して以前ほど活発に動くことは出来なくなっていたが、それでも毎日の散歩を欠かさずに里の人々とも交流を続けている。
「ツユ、春直は何て?」
「クロザ」
常備薬と軽食を持って来たクロザに笑いかけ、ツユは端末の画面を彼に見せた。
「あの言い伝えのこと、詳しく調べて欲しいって。彼ら、ここに来るみたいだよ」
「……久しいな。ようやく、恩を少し返せるか」
銀の華と一時期敵対関係にあった古来種だが、今は協力関係を築いている。クロザたちは罪滅ぼしのためもあって神庭で甘音の世話係を務め、今もゴーダはそちらに行っていた。
クロザからジャムのサンドイッチを受け取り、ツユは嬉しそうにぱくつく。今日は調子が良いらしい。
「ツユ、この件はオレが行く。ここで休んでてくれ」
「わかった。待ってるね」
「ああ」
クロザを見送り、ツユは早速春直に返信を送った。それが終わると、水と共に薬を喉に流し込む。
「……今度こそ、間違えない」
空のコップを置くカツンという音が響き、ツユは一人呟いた。
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