第576話 また一つの可能性

 晶穂がリンの隣で寝落ちたのと同じ頃、ジェイスは水鏡を使ってとある人物と通信を行なおうとしていた。克臣は連絡兼風呂に行ってしまったため、今ジェイス一人だ。

 通信を行なおうとしているのには、わけがある。昼間、館で戦っていた時に着信が来ていたのだ。その事実を確認したジェイスは、早急に連絡を取らなければと思い今に至る。

 ジェイスが水鏡を起動させると、すぐに向こう側の景色が現れた。映ったのは、竜化国の集落に住むアルシナだ。翡翠色の美しい瞳が笑っている。

「久し振りだね、アルシナ。そちらはどうだい?」

「お蔭様で、建物はもう大体元通りになったよ。後は、義父さんが目覚めてくれれば良いんだけどね」

 ふと寂しげに目を伏せるアルシナ。彼女の育ての親・ヴェルドは、とある事件の影響でずっと目覚めずにいる。彼の目覚めを、アルシナと彼女の弟のジュングは待ち続けているのだ。

 そんな彼女を見てるジェイスは、胸の奥がきゅっと締まったような気がした。

「そうだな。……もし、わたしたちに出来ることがあったら何でも言って欲しい。傍に居られない分、何かさせてくれ」

「ありがとう、ジェイス」

 気を取り直し、アルシナは微笑む。二人は話題を変え、仲間たちのことや里の様子について雑談を交わす。それから、ジェイスはッ本題に移るために水を向けた。

「それで、何かわたしに話したいことでもあったんじゃないか?」

「そう、そうなの!」

 楽しくて、そのまま話さずに終えてしまうところだった。アルシナは苦笑すると、傍に置いていたらしい書物を手に持ってジェイスに見せてくれる。

 アルシナが手に持っていたのは、彼女の里で古くから伝わっている書物の一つだという。それをパラパラとめくり、該当箇所を鏡越しに見せてくれた。

「『白い種、花咲くことなく、おさの祠に置かれた』……? これは、竜化国における銀の花の言い伝え?」

「そう、その通り! この前ジェイスたちから種の話を聞いて、どうにかして役に立ちたいって思ってたんだ。里のことも、私自身のことも支えてくれて、感謝しかないから。今度は、私が。そう思って頑張って来たよ」

 にこにこと報告するアルシナは、その他にも怪しい文献があるのだと言う。その辺りは里長の許しを得次第、解読に取り掛かると。

「何せ、私も知らないようなお話が多くて驚いているところ。数百年って長いような気がしたけど、無為に過ごしてたのかなぁって」

「無為に、ではないと思う。本当にそうなら、アルシナとわたしが会うことも恐らくなかっただろうから。隠れ里があって、そこにアルシナがジュングたちと暮らしていて……何が欠けてもいけなかった」

「……うん、そうだね。また新しいことがわかったら、連絡します」

「わかった。また」

 水鏡が消え、ジェイスはほっと息をつく。柄にもなく緊張していたのか、と苦笑いを浮かべた。

 そんな彼の肩に、ぽんっと手が乗る。ジェイスは気配から誰かを察し、彼が悪戯を考える可能性を考慮した。恐らく背後の彼が考える側とは反対側に首をひねる。

「お帰り、克臣」

「ジェイス、そのまま後ろを向いてくれたら良かったのに」

「いや、確実にここを指でつく気でいただろお前」

 ここ、と言いながらジェイスが自分の頬を指す。すると克臣は「バレたか」とニヤリと笑った。

「バレたか、じゃない。全く、お前は隙あらば何かやろうとするよな」

「仕方ないだろう? 目の前でちょっと浮かれてる親友がいるんだから」

「浮かれてない」

 半目で睨むジェイスをいなし、克臣は「それで」と話題を変えた。

「アルシナは何だって?」

「竜化国にも、銀の花の種に関する言い伝えがあるらしい。新しいことがわかれば連絡する、と言われたよ」

「本当にこの世界全部渡り歩くことになりそうだな……」

 それでも良いけどな。笑って言う克臣に同意し、ジェイスは話柄を少し変えた。

「それで、お前の方は? 連絡とかもしてたんだろう?」

「そうそう。あ、ここの風呂わりと広くて快適だったぜ」

 乾き切っていない髪を撫で、克臣は笑う。そして、本題へと入った。

「リドアスに連絡を入れた。真希によれば、ジスターはまだ目覚めないらしい。毎日一香が世話してくれているんだが、悪夢でも見ているのかうなされているとさ」

「わたしたちが帰るまでに目覚めてくれれば良いが……こればかりは時間の問題かな」

 二人にとっても、ジスターの様子は気になることだ。実の兄との死闘を強いられ、結果弟のジスターが残った。しかしそのショックからか、ジスターは眠り続けている。

 まあな。そう言った克臣は頷き、話を続けた。

「その他、特に変わったことはないらしい。俺たちのことを心配してたけど、全員無事だと言っておいた」

「お前は幼い男の子の父親でもあるんだからな。こうやって留守にし続けていると、いつか嫌われるぞ」

「それは嫌だな。俺よりも先に、テッカさんや文里さんに懐かれる可能性もあるしな。……この旅が終わったら、親子の時間をちゃんと取ることにする」 「そうしてくれ。……まあ、わたしたちがお前を頼るのもいけないんだけどな。真希さんには謝らないと」

 肩を竦めたジェイスは、さてと呟いて部屋を見回した。飛び込みだったが、三部屋空いていたのだ。克臣とジェイス、年少組、そしてリンと晶穂という部屋割りに異存は全く出なかった。

 時計を見れば、深夜を過ぎつつある。

「そろそろ寝よう。明日は早くはないけど、休まないともたないからな」

「違いない。疲労困憊だ。明日の朝食は幾らでも入りそうだけどな」

「まあ、そうだな。明かり消すぞ」

 隣の部屋は、年少組だ。そちらからの物音はいつの間にかなくなっている。寝てしまったのだろう。

 ジェイスと克臣も部屋の明かりを消し、目を閉じた。

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