森の種
第574話 睡魔たち
ゴーレムの姿がかき消え、後にはもとに戻った部屋が残される。戦闘で家具など壊したはずだが、それらも綺麗に元通りだ。
ぐるりと部屋を見渡した克臣は、腰に手をあててほっと息をつく。
「これなら、誰かが入ってきても大丈夫だな」
「克臣さん、食堂のテーブル叩き割りましたもんね」
「唯文、それは言うな」
やれやれと大袈裟に肩を竦めた克臣は、近くにいたリンを眺める。
「リン、体の調子はどうだ? 重いとか軽いとかあるか?」
「種が二つになったことで、幾分か楽になったように思います。種の魔力が、毒を抑え込む手伝いをしてくれている感覚がありますね」
「なら、まし? 兄さん」
「ああ」
バングルを嵌めている手を握ったり開いたりを繰り返し、リンは少しだけ毒の力が弱まったことを感じていた。これで五分の一が揃ったことになる。
ユキに頷き返し、リンはゴーレムが消えた後を見詰めて呟く。
「種を集めればその分、花畑の再生へ近付く。それが最優先事項だ」
だから、一歩でも先へ。どうしても気が逸るが、気持ちに体はついて行こうとしなかった。
「……っ」
「おっと」
「おっ」
ガクンッと体が
「まず、休もうか。な、克臣」
「賛成。町まで戻って、宿に泊まろう。もう夜更けだから、騒がす全員さっさと寝るぞ」
二人の提案に、誰一人として反対の意を示す者はいなかった。
ジェイスがリンを背負い、克臣も眠そうな春直をおんぶした。唯文とユキが眠そうなユーギの手を両側から引き、晶穂は彼らの後からついて行く。
「ジェイスさん、俺、自分で歩けますから」
「ダメだよ。どう見たってふらふらだったし、わたしの背中で眠ってくれても構わないから」
「……」
リンはその言葉に甘え、ジェイスの広い背中に自分の額を受けて目を閉じた。すぐに眠気がリンを襲い、やがて規則正しい寝息をたて始める。
「寝たか」
克臣がそっとリンの顔にかかった髪を払ってやる。そして春直を背負い直すと、無防備な弟分の寝顔を覗き込んだ。
「こんな風にリンが誰かの背中で寝るなんて、いつ以来だ?」
「さあ……。幼い頃以来だと思う。色々あったし、自分から甘えてくることの少ない子どもだったからね」
だから少し嬉しいよ。ジェイスはそう呟いて微笑むと、後ろを振り返った。
彼らの後ろには、こくりこくりと船を漕ぎながら歩くユーギと、彼と手を繋いで歩く唯文とユキ、そして三人を後ろから見守る晶穂の四人がいる。ジェイスは晶穂と目が合い、苦笑し合う。
「晶穂、ユーギはどう? 歩けてるかい?」
「何とかっていうところですね。……ユーギ、背負おうか?」
「大丈、夫……。歩、けるよ。ほら」
そう言って、ユーギは手を振り払って足を前へと進める。しかしすぐに眠気に負け、がくりと体を傾がせた。
「おわっ」
「ユーギ!」
唯文とユキが慌ててユーギを支え、ほっと息をつく。ユーギと手を繫ぎ直し、唯文は肩を竦めて晶穂を振り返る。
「晶穂さん、最終的におれがおんぶするので大丈夫ですよ。晶穂さんこそ、早く休まないと」
「そうだよ。ずっと、治癒の力を使い続けているでしょう? 少しでも体を休めて?」
「バレてたか。ありがとう、唯文、ユキ」
晶穂は頼りになる年少組に礼を言い、彼らの向こう側で案じる目をするジェイスと克臣にも笑いかけた。
「心配して下さってありがとうございます。でも、まだ大丈夫ですよ。皆さん心配し過ぎです」
「まだってのは、もうと同義だぜ。晶穂」
「二人共、好き好んで無茶しなくても良いんだよ。わたしたちも人のことは全く言えないけれどね」
「違いないな」
ケラケラと笑った克臣が晶穂に近付き、ぽんっと頭を撫でた。目を丸くして驚く彼女に、克臣は言う。
「いつもリンを、俺等と一緒にいてくれてありがとな。お前の頑張り、よく見てるから」
「ありが……きゃっ」
「だから、たまには甘えろよ〜。おらおら〜」
「ちょっ! 何するんですかっ」
ぐしゃぐしゃと晶穂の頭を右手で乱雑に撫で回し、克臣は声を出さずに笑う。
「さ、そろそろ行こうぜ。夜が明けちまう」
「主にお前のせいだろ、克臣」
調子の良い克臣に呆れながら、ジェイスは改めて仲間たちを先導して行く。
やがて近くの町にたどり着き、宿に部屋を取る。部屋は大きめの個室が三部屋取れ、いつも通りの部屋割りになると晶穂は思っていた。
しかし、ここで年長組の悪戯心が顔を出す。
「晶穂、リンを頼むな」
「――えっ」
二人部屋に通された晶穂は、ジェイスによってベッドに寝かされたリンと克臣を交互に見て息を呑む。
「何を……」
「リンの体は、正直まだ危うい。危険を回避するためにも、晶穂の力は不可欠だろう? 壁を隔てない方が良いだろうと思ったんだが……」
何か不都合があるか。そう克臣に問われ、晶穂は俯く。何事もなく朝まで寝る気だが、リンが傍にいるとなると気持ちが違う。
俯き顔を赤くする晶穂と楽しげな克臣を見比べ、ジェイスは苦笑いを浮かべるしかない。しかし、ジェイスもリンを回収する気は一切なかった。
「次の目的地が明確にならないうちは、動くに動けないからね。明日の朝は少しゆっくり過ごそう。晶穂、リンを頼むね」
「あ……は、はい」
晶穂とて、リンと過ごすのが嫌な訳では無い。むしろ、二人きりになるチャンスが全くと言って良いほどなく、内心寂しかったのも事実だ。
「おやすみ、良い夢見ろよ」
「また明日ね」
そんな彼女の心情を汲んだという表向きの理由をつけ、ジェイスと克臣は自分たちの部屋へと去って行った。
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