第573話 額の奥にある核

「ぼくも!」

 春直は再び氷の板に乗ると、空中を滑るように移動してゴーレムの拳を躱す。そして板を割られた勢いを利用し、跳躍した。

「はあっ!」

「こシャクな!」

 ゴーレムはすぐさま腕を伸ばし、春直を捕らえようとする。しかしそれは叶わず、ユキと唯文の連携プレーによって阻まれた。

 二人のフォローを横目に、春直は迷わず落下に身を任せた。

「ギッ!?」

 操血術をまとった右足をかかとから落とし、見事に額を割ることに成功する。バキッという音が響いた。

 踵落としの格好からくるんっと一回転し、春直はゴーレムの前方へと着地する。そして、振り向きざまに叫んだ。

「団長!」

「全く……助けられてばかりだな!」

 苦笑し、リンは再び漆黒の翼を広げた。羽ばたきゴーレムの目の前まで行くと、二組の目が正面から合う。

「ギッ……ギギ」

「認めさせてみせる、!」

 リンは剣を握り刃に魔力を籠めた。それを構え、割れたゴーレムの額に向かって斬り掛かる。

 ――ダンッ

 袈裟斬りの光が走り、リンが着地する。

 彼の背後で、巨大なゴーレムの体が斜めに二等分されていた。時間差で上側が滑り、大きな音をたてて落ちる。その衝撃は、階段を上っていたジェイスと克臣にも震動として届く程。

「――っ、はっはっ」

 無意識に止めていた息を吐き、リンは立ち上がって振り向く。そこには両断された金属の塊が転がり、動く様子はない。

「やった……か」

「兄さん、凄い凄い!」

「うわっ」

 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、リンはユキに抱き付かれ、よろけたが足に力を入れて転倒は回避した。

 ユキはまさかリンがバランスを崩すとは思っておらず、慌てて離れるとすぐに謝る。

「あ、ごめん。兄さん」

「突然飛びつくなよ、ユキ。ほっとしたのはわかるけどな」

「うん。ほっとした」

 苦笑を交えるリンに、ユキはニッと笑顔を見せる。彼らの背後に倒れ伏したゴーレムは、ただの金属片と化していた。

「団長、ジェイスさんと克臣さんが」

 唯文がリンのもとへと駆けながら言う。どうやら、二人の様子を見に行っていたらしい。

 リンは唯文に礼を言い、彼の後からやって来た兄貴分たちを迎える。

「ジェイスさん、克臣さん。お怪我は……」

 不安げに瞳を揺らすリンの頭の上に、ジェイスはその大きな手を乗せてぐりぐりと撫でてやる。リンが「ちょっと」と抗議の声を上げるが、全く聞く耳を持たない。

「ほぼ無傷かな。ビリヤードの玉みたいに好き勝手飛び回るものを倒すには骨が折れたけど、全て潰してきたから大丈夫だ」

「お前たちも大きな怪我はしてないみたいだな? ……お、リン。倒せたのか」

「俺だけでは、不可能でしたよ。ユキたち全員がそれぞれの役割を担ってくれたお蔭です」

 謙遜したリンは、巨大ゴーレムとの戦いの一部始終を二人に簡単に話した。ユキの新しい魔力の使い方や、唯文、春直の機転。ユーギに目立った動きはなかったが、彼は晶穂を励まし、支え続けてくれた。

 リンの話を聞き、ジェイスと克臣は顔を見合わせて微笑む。

「流石、お前たちだな。ま、俺たちはお前らが必ずやり遂げるって信じてたけど」

「当然のことだろ、克臣。ユーギ、晶穂も怪我はない?」

 リンの頭から手を離し、ジェイスは少し離れた位置にいた二人に声をかける。すると晶穂とユーギも頷き合ってからやって来て、口々にお帰りなさいと二人の戻りを歓迎した。

「わたしは直接的に戦闘に参加は出来ませんでしたけど、周囲には別の敵意を感じません。このまま何事もなく……」

「――よク、試練をノリコえた」

 晶穂が言い終わるよりも早く、何者かの声が聞こえた。全員が声のした方向を探して振り返ると、そこには先程までいなかったはずの、小型のロボットのようなものが全員を見回している。

 それは、ゴーレムを形そのままに写し取ったかのような形をしていた。ただし、身長はカタコトで話すそれは、ゆっくりとリンの前へ進み出る。

「おマエたちに、銀の花の種を渡そう。こちらへ」

「ああ」

 素直に頷き、リンは小型ゴーレムの背中を追った。

 リンが連れて来られたのは、館の奥。あの時の戦闘が行われたのと同じ部屋に、足を踏み入れた。ふとケルタが最期に現れた場所は、おそらくここだろうと見当をつけて眺めてみる。

 ゴーレムは迷わず、リンと同じケルタが立っていた場所の床に手をつく。すると床が小刻みに揺れ、手のひらサイズの戸が作られてひとりでに開く。

「これが、この場所の種を封じていた場所か」

 床の穴からはせり上がるようにして、小さなテーブルが顔を出す。テーブルの上に置かれた箱を指差し、ゴーレムはリンを呼ぶ。

「望む者よ。例えどんなに理不尽を感じたとしても、己の心を貫け」

 リンは自ら種を手に取ると、しげしげと眺めた。

「……これで、二つ目の種か」

「やったな、リン」

「はい、克臣さん」

 銀の花の種を握り締めた後、リンはそれをバングルの石の部分にかざした。すると石が瞬き、バングル中へと吸い込まれていった。

「……二つ目か」

 ほっと胸を撫で下ろすリンに、ゴーレムは笑う。機械的は音だが、なぜかリンの耳には笑い声として再生される。

「おマエたチへの試練。——ミゴトデアッタゾ」

「どうも」

「オマエたちならば、キット……」

 それ以上、ゴーレムは何も言わない。

 リンは少し力を増したバングルに頼もしさを感じつつ、仲間と共にその場を後にした。




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