第572話 氷の使い方

 ジェイスと克臣が階段を上りながら謎の存在の相手をしている時、リンは晶穂を抱えたままで飛翔を続けていた。

 何故かユキたちに追い付かないが、いつか会えるだろうと心配してはいない。それよりも、先に待っている何かの存在の方が気がかりだ。

「……っ」

「リン、あれ!」

「だな」

 晶穂が指差したのは、螺旋階段の先にある部屋。その部屋の扉は既に破られており、開け放たれた奥からはユキたち四人の声とガタンガタンという何がぶつかる音が聞こえて来る。

「突っ込むぞ」

「――うんっ」

 腕の中の晶穂が、リンにぎゅっと抱き着く。それを確かめ、リンは一気に飛ぶスピードを上げた。

 そのまま開いた扉から入り、下り立つと同時に叫ぶ。

「ユキ、みんな!」

「兄さん!」

「「「団長!」」」

 ユキを始めとした四人が振り返り、焦りから喜色へと表情を変える。

 リンは晶穂を下ろすと、現状を確認するために四人の先を見た。そこにいたのは、天井すれすれまでの身長を持つ大型ゴーレム。優に五メートルはありそうな巨体を揺らし、新たな訪問者を迎えた。

「キたな、ノゾむモのヨ」

「ああ、来たぞ。銀の花を復活させるため、ここの種を貰い受けに来た」

 ゴーレムの目の前に立ち、リンは顔を上げる。そこには毒に侵され弱る姿はなく、仲間たちの先頭に立つ銀の華団長のそれがあった。

 凛と立つ青年を見下ろし、ゴーレムは何も言わない。見つめ合うこと数秒、事態は突然動く。

「――お……オオオォォォォー」

「くっ」

 ゴーレムが高所から振り下ろした拳を、リンは魔力で強化した剣で応じる。鈍い音が鳴り、摩擦で煙が上がった。

「リン!」

「晶穂さん、任せて!」

 晶穂の悲鳴に対し、ユキがジェイス仕込みの氷の弓に矢をつがえる。限界まで引き、勢いよく放つ。

 氷の矢はそのスピードを維持したままで飛び、リンの真横を通り抜けてゴーレムの拳をかすめた。矢がかすった指の一部が凍り付き、ゴーレムは思わずといった様子で数歩後ろに下がる。

 その隙にリンはその場を跳躍して後退し、ユキの傍に着地した。

「兄さん!」

「ユキ、助かった」

「どういたしまして」

 兄に褒められ嬉しそうに微笑んだユキは、すぐさま戦闘へと意識を戻す。

 並び立った兄弟は、いつの間にか似た雰囲気を醸し出すようになっていた。瞳の色は赤と水色という違いはあれど、どちらも大切なものを護るために真っ直ぐな目をする。そんなところが良く似ている、と晶穂は密かに思っていた。

「晶穂さん、疲れてない? 大丈夫?」

「ユーギ、ありがとう。大丈夫だよ。まだ、ここで倒れるわけにはいかないからね」

「だね」

 晶穂の隣に立つユーギに擦り傷切り傷はあれど、大怪我はない。それは他の年少組三人も同じで、晶穂は少しほっとした。

 ゴーレムはゆっくりと指を曲げ伸ばししており、ユキの氷を剥がそうとしている。しかし、こうやって動きを止めるというチャンスはそう多くはないはずだった。

 その時、春直と共に駆けて行く唯文がユキに向かって叫んだ。

「ユキ、さっきの頼む!」

「わかったよ!」

 ユキはそう言うと、素早く四枚の氷の板を創り出す。それは人一人ずつが乗れそうな大きさで、完成すると同時にフリスビーの要領で投げた。

 板を受け取った唯文と春直は、それに乗って床を蹴る。すると氷の板は、スケートボードのように滑り始めた。

「よしっ」

 器用に乗りこなす二人は、ユキの更なる追撃で動きを鈍くしたゴーレムへと急速に近付いて行く。

「もしかして、あれでここまで来たのか?」

「そうだよ。思ったよりもスピードが出るし、魔力を乗せれば上り坂でも階段でも関係なく前の進めるから! 凄いだろう?」

 自分の発明だ。そう言って胸を反らす弟の頭を軽く撫でてやり、リンは成程なと苦笑した。

(道理で、ここに来るまで一切すれ違いも追い越しもしなかったわけだな)

 年少組四人は、螺旋階段を滑りながら進んだのだ。

 納得ついでに、リンはゴーレムのもとへと到達しかけている二人に向かって指示を飛ばした。

「唯文、春直。俺とユキでゴーレムの気を引く。その間に、眉間を叩け!」

「「了解」」

 途端、ゴーレムがユキの氷の呪縛から逃れた。しかしリンが斬撃で気を引き、ユキが凍らせて動きを鈍くする。そのために思うように事が進まないと苛立ったのか、ゴーレムは腕をブンブン振り回して暴れ出した。

「うわっ」

「春直、左に躱せ!」

 ぎりぎりのところでゴーレムの腕を躱した春直に、リンは剣を構えつつそうどなる。すると春直は無言で頷き、リンの斬撃を躱してみせた。

 斬撃はゴーレムの右目の上に当たり、核のある眉間は避けられてしまう。それで生まれた数秒の中、跳躍した唯文が和刀の石突のようになった部分で殴りつけた。

「――グッ」

「効いたか!?」

 唯文が殴った場所は眉間ではなくこめかみだったが、ゴーレムはぐらりとバランスを崩す。それでも片膝をつくだけで終わり、真っ白な目が更なる光を帯びた。

「よしっ」

「よくやった、唯文!」

 リンは翼を広げ、ぐんっとゴーレムとの距離を縮める。

 晶穂はと言えば、ユーギと共に戦況を見守っていた。そんな彼女を目掛け、ゴーレムがビームらしきものを発射する。

「――っ、晶穂さん!」

「ユーギ!?」

 ユーギに体当たりされ、晶穂は体勢を崩した。そしてへたり込んだ床で周囲を見渡し、ユーギを振り返る。

 晶穂が振り返った時、ユーギは数歩後退して膝をついたところだった。彼の右腕に火傷のような傷が出来ており、衣服の端は焼けて焦げ付いてしまっていた。

「ごめん、ユーギ。ありがとう」

「ふふ、大丈夫だよ」

 痛みに顔をゆがめつつ、ユーギは無理矢理笑った。そして晶穂の力で痛みが取り除かれ、ほっと息をつく。

「びっくりした~」

「助けてくれてありがとう、ユーギ」

「うん!」

 患部にかざしていた手を除けて晶穂が礼を言うと、ユーギは嬉しそうに歯を見せた。

「ビームまで使って来る、か」

 二人の様子を見ていたリンは、新たな対抗策を頭の中で練り上げていた。

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