第571話 螺旋階段

 廊下での一戦を終え、リンたちは館の奥へと進んでいる。リンの片頭痛を引き起こす程の彼にしか聞こえない音声は、ゴーレムの呟きのようだ。

 隣を歩く晶穂が、心配そうな顔でリンの顔を覗き込む。

「リン、顔青いよ……」

「大丈夫、とは言い難いな。だけど、進まないと」

 種探しは序盤だが、二つ目の守護は頭の中から精神をえぐってくる。体力を奪われるのと辛さはそう変わらないな、とリンは肩を竦めた。

「この先に、進まないといけない。聞こえる声は壊れたラジオみたいなものだけど、こちらに来いって言ってる気がするんだ」

「……わかった」

 頷いた晶穂の右手が、そっとリンの左手に触れる。それだけで何となくこそばゆい心地がして、リンは浅く彼女の指に自分のそれを絡めた。

 先を歩いていた克臣が振り返り、リンと晶穂の様子を見てニヤリと笑った。それから少し表情を引き締めて口を開く。

「この先か」

「そうです。……あれ、この先って」

「あの部屋、だね」

 思わず立ち止まったリンの耳に、後から来ていたジェイスの言葉が届く。

 彼らの目の前には長い長い螺旋階段がそびえ立っている。この先にあったものを思い、リンは何とも言えない複雑な心境に陥った。はもういないのに、あの奇跡的な再会を想起せざるを得ない。

 眉をひそめていたリンに寄り添う晶穂は、そっと絡む指に力を籠めた。

「リンの大切な友だちの……」

「そう。……最期に会えた部屋が、この階段の先にある」

 リンは螺旋階段の上で過去に出会った思い出を蘇らせ、寂しげに微笑む。あの再会が決して寂しさや悲しさだけを運んで来たわけではない、と今ならば言える。

「今はもう、あの場所にあいつはいない。約束したからな、もう一度会おうって」

「……そっか」

 晶穂の泣きそうな笑みに、リンの心臓が跳ねる。意識して視線を逸し、晶穂の手を握る力を少しだけ強めた。

 彼との約束は、再会だけではない。それは隣にいる彼女には秘密だが。

「ああ。……行こう」

 決意を新たに、リンは階段を一段ずつ上る。前回は一気に翼を使って飛んだため、具体的にどれくらいの高さがあるのかわからなかった。

 しかし今、全員で一歩ずつ上って行くのは時間がかかる。更に上階からは何か不穏な気配がして、先に階段を上がっていたユーギが叫んだ。

「みんな、来るよ!」

「何が……って、うわぁ!?」

 ユキが目を見開き、上から転がり落ちてきたものに対して慌てて氷の防御壁を張った。ガキンッという音をさせたそれは、何かの部品のように見える。

 防御壁に阻まれたそれは階段に落ち、近くにいた唯文の足元まで転がって来る。それを拾い上げ、しげしげと見て首を傾げた。

「何だ、これ?」

「腕の一部とかそんな感じに見えるけど」

 春直も覗き込み、目を瞬かせた。それからひょいっと上を見上げ、また何かが振って来るのを見て体をバネにして跳び上がる。手すりにあたって跳ねたそれを、春直の足が捉えて蹴り飛ばした。

 器用に細い手すりに着地した春直に、ユキが駆け寄る。

「何だと思う、春直?」

「凄く硬い……金属の塊みたいな気が」

 何かを受け止めた足の甲をさすり、春直が眉を寄せた。猫人らしくバランス感覚に優れた彼は、手すりの上でみんなよりも高い位置で上を望む。

「何かがいるのかな? ……あれ、何だろ」

「何か見えるのか?」

「はい、克臣さん。何か、大きな……」

 春直が指差した先に、人型の影が見えた。上階は明かりがないのか、暗くてよく見えない。

 克臣が身を乗り出した瞬間、影だったものが大きく動いた。五つの塊に分裂し、階段をそれぞれに駆け下りて来る。

「全員退避!」

 ジェイスの叫びに全員が反応し、バラバラに躱す。

 ユキが氷柱を高跳びの棒のように使い、みんなよりも先へ行く。その後をユーギと唯文が追い、リンは晶穂の目の前に来た何かを剣で弾き返した。

 そして、躱そうとして階段から足を踏み外しかけた晶穂を後ろから抱き留める。

「つかまってろ」

「え? あ、はいっ」

 晶穂の許可を得、リンは彼女をお姫様抱っこして翼を広げた。天井近くまで飛び、半分ほど上って来た階段を見下ろしてからこの先を眺める。何かが自分たちを見下ろしているが、その正体までは影になって見えない。

「……晶穂、少し我慢してくれ」

「わかった」

 頷く晶穂に「ありがとう」と礼を言い、リンは飛び交う塊をさばくジェイスに声をかける。

「ジェイスさん、俺は晶穂と先に行きます!」

「わかった。ユキたちが先に行ってるから、あの子たちのことも頼むね」

「はい!」

 リンが飛び去り、ジェイスは留まった克臣と共にバウンドしながら二人を囲む塊を相手取る。金属の塊らしいそれらは、二人の様子を見るかのようにその場でのバウンドを続けていた。

「ジェイス、ここからどうする?」

「子どもたちが先に行ってしまったからね。ここは死守して、背後の憂いを無くそうか」

「わかった。……さっさと片付けるぞ!」

「了解」

 背合わせになったジェイスと克臣は、同時に床を蹴って金属片へと襲い掛かった。ジェイスは普段弓矢になっている武器を剣に変え、克臣は愛用の大剣を軽々と振り回す。

 ビョンビョンと跳ぶ謎の存在は、二人の動きが変わったことで反応した。二つと三つに分かれ、それぞれジェイスと克臣に集中して飛び掛かる。

「ってか、そもそも何だよこれ!」

「この館はゴーレムが守護だ。だから、ゴーレムの一部と考えるべきだろうな」

「……ってことは、さっき廊下で相手した奴が真打じゃなかったってことか」

「そうなるね。まだまだ、ラスボスが残ってるんだろう」

 ジェイスはリンたちが先に向かった方向を見上げ、眉を寄せた。

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