第570話 ゴーレムの急所
(まずい、魔力が切れて……)
ゴーレムのビーム攻撃が予想以上の威力と長さを持ち、リンは己の短絡的判断を後悔していた。実際はあの時防御壁を張らなければ大怪我をしていたのだが、結果として怪我を誘発するような形になっている。
このままの状況で魔力切れを起こしてしまえば、自分だけでなく晶穂にも類が及ぶ。リンはどうにか突破口を開こうと、枯渇しかけている魔力を総動員してカウンターを決めようと覚悟する。
丁度その時だった。ふわり、と冷たい風が頬を撫でる。
「これは……」
「兄さん、そのまま耐えててよ!」
ひらりと舞い下りた少年が、翼を畳んでまとった冷気を解き放つ。冷気は氷柱へと姿を変え、手のひらサイズの無数のそれがゴーレムに向かって放たれる。
ドスドスドスッと音をたて、氷柱がゴーレムの背後の壁に突き刺さった。それはゴーレムの型を取り、数本がゴーレムの表皮を削って傷付けている。その他はどうかと言えば、浅くゴーレムの体を傷付け床に落ちていた。
「流石に致命傷は与えられないか」
「ユキ、助かった」
傍で息をつく弟にリンが礼を言うと、ユキはニッと歯を見せて笑った。
「兄さんは無茶し過ぎ。ぼくらが来なかったらまずかったんじゃない?」
「ふっ……。その通りだ」
苦笑したリンは、ユキの「ぼくら」という言葉にハッとした。急いで後ろを見ると、先程まで合流出来ていなかったジェイスや克臣たちが全員揃っている。
「みんな……」
ジェイスが晶穂を支え、目を見張っているリンに気付いて微笑む。
「リン、こいつがこの場所の守護かい?」
「おそらく、そうだと」
「だったら、種を渡してもらえるように認めてもらわないとね」
ニヤッと笑ったジェイスは、早速弓矢を創り出して構える。その真剣な目が見据えるのは、突然増えた敵に対しても機械的に突進しようと腕を回すゴーレム。
晶穂を背中に隠し、キリキリと弓を引く。ジェイスは左右から飛び出した影に当たらないよう調節して、その矢を放った。
「唯文、ユーギ、そのまま真っ直ぐだ!」
「「了解!」」
指示を受け、飛び出した二人は同時に飛び蹴りを放つ。ゴーレムの眉間を狙ったそれは、ゴーレムの腕に阻まれて不発に終わった。
しかし二人の蹴りに気を取られていたゴーレムは、ジェイスの矢に眉間を射られそうになって慌てて手で防御している。
くるんっと一回転してリンの傍に着地したユーギが、目を見張るリンに笑いかける。
「団長、お待たせ!」
「頼りにしてるぞ、ユーギ」
「任せてよ!」
とんっと胸を叩いたユーギは、ゴーレムが叩きつけてきた腕を躱す。ホコリが舞い、飛び退いたリンと唯文がそれぞれ顔をしかめた。
「本当にあれから人が住んでないんだな」
「体に悪そうですからね」
唯文は苦笑すると、和刀を正眼に構える。そして唸りを上げて野球のバットのように振られるゴーレムの腕に刃を添わせ、受け流す。
「俺たちもいるからな!」
バランスを崩したゴーレムの背後から、克臣の威勢の良い声が響く。ゴーレムが慌てて足を踏み締め耐えようとするが、その足元を春直の操血術で創られた網が捕えた。
「やぁっ」
左右色の違う春直の瞳が輝き、網が引き絞られる。すると自由を失ったゴーレムの体がもんどり打って倒れ、ドーンという音が響き渡った。
「リン、眉間だ! 眉間を斬れ!」
春直と共にゴーレムを引き倒した克臣がそう叫ぶ。
リンは意味がわからず迷ったが、それもコンマ何秒のこと。すぐさま剣を握り直し、トンッと床を蹴った。
毒が回っているため、普段程身軽には動けない。しかしそれでも、晶穂が痛みを軽減してくれたお蔭で思ったよりも剣を振ることが出来る。
(どうして眉間を狙う? いや、今はそんなことはどうでも良い)
克臣を疑う余地などない。リンは跳躍後、真っ直ぐにゴーレムの眉間へと刃を叩きつけた。ゴーレムは春直と克臣に動きを封じられ、額をさらしてしまっている。
「ギッ」
ゴーレムの呻きが漏れ、眉間から何かが割れるバキンッという音が響く。
「今の音、何だ? ——うわっ!?」
「リン!」
リンの悲鳴に、晶穂の叫びが重なる。
リンは剣を引いて着地しようとした直後にゴーレムの手に体を掴まれ、宙吊りにされてしまった。首を回して見れば、ゴーレムの額が確かに割れている。その内側に、何か光るものが見えた。赤く光る、宝石のような塊だ。
「核……?」
「おそらく、それを壊せばゴーレムは戦闘不能になる」
「ジェイスさん」
ジェイスはキリキリと弓を引き絞り、何かを狙っている。彼の目の先にゴーレムの顔があることに気付き、リンはハッとした。ゴーレムは眉間を傷付けられて動きを緩慢にしているが、力強さには拍車がかかっている。
「ジェイスさん、躱して!」
「嫌だね」
リンの叫びを一蹴すると、ジェイスは一気に三本の矢を放った。一本は殴りかかろうとしたゴーレムの拳とあたって弾かれ、もう一本はリンを掴む指をこすっていく。
そして最後の一本が、ゴーレムの眉間に空いた穴へと吸い込まれた。
――キンッ
魔力の矢が核にあたり、傷付けた音が聞こえる。リンは「やったか」と結果を見守っていたが、不意に視線を感じて顔を上げた。
すると、ゴーレムがリンを見下ろしている。白く光る双眸が身構える青年を見詰め、そして唐突に興味を失ったかのようにリンを手放した。
「――っ」
空中で自由になり、リンは慌てて翼を広げた。それも十数秒のことで、床に下りたリンはゴーレムの様子を見ようと振り返る。
しかしそこに、あの巨大ゴーレムの姿はなかった。
「何処に……」
「リンを離した直後、煙みたいに消えたの。何処か、別の場所に移動したのかな?」
「わからないけど……兎に角、種を探さないと」
リンの頭の中には、未だにゴーレムの鳴き声のような機械音が響いている。その音が大きくなる方向へ向かおう、とリンは仲間たちに提案した。
「……今は、その声の招きに応じるしかないか」
何でお前だけがと呟きながら、克臣はリンの背中を軽く叩いた。
「ほら、行くぞ」
「はい」
こっちです。リンが指差した方角に沿って、一行は館の更に奥へと足を踏み入れた。
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