第569話 真打
「はあっ、はぁっ」
「はっ、はっ」
リンは晶穂を気遣いながら、仲間たちを探して走っていた。晶穂もリンを気遣っていたのだが、体力という面において男のリンの方が上回っていたらしい。
「あの、リン」
「何だ?」
しばらく廊下を無茶苦茶に走り、ゴーレムが追ってこないことを確かめてから速度を緩めた。
晶穂の歩幅に合わせて歩いていたリンは、遠慮がちな問いかけを耳にして振り返る。すると目の前で、視線を落としていた晶穂が顔を上げた。
「体は、どう? ゴーレムとの戦いのこともそうだけど、毒の方も。バングルの効力が弱まってたら、力を足すから言ってほし……っ」
「ここでやることが全て終わったら、頼む」
戦いの最中であるにもかかわらず、リンは己の心の奥から湧き上がる感情を抑え付けながら、苦笑をにじませて晶穂の頬に指をはわせた。柔らかくて温かな頬が、自分の冷たい指に熱をくれる気がする。
案の定、晶穂はリンの体温の低下に気付き、すぐに両手を頬に触れているリンの手の甲に重ねた。そうすると、晶穂が自分の両頬を押さえているように見える。
(重なったところが、温かい……)
毒が体に悪影響を及ぼし、体温が上がりにくくなっている。それでもリンが普段通りに戦える理由は、魔力の消費を極力抑えているからだ。平均より多いとはいえ、リンの魔力量は銀の華においては下から数えた方が早い。
しかし、リンはそれで良くても晶穂にとってはそうではない。顔が熱くなるのを自覚した晶穂は、こんな非常事態にもかかわらず胸を高鳴らせている自分に呆れていた。そして、考えをリンの状況を少しでも改善する方法へと切り替えようとする。
「えっ……と、今出来る応急処置はさせて。バングルに触らせてもらうね」
「ああ」
顔を赤くしながらも、晶穂は懸命に神子の力でリンの苦痛を和らげようとする。彼女の力は柔らかな陽だまりのような温かさを持ち、それでいて強い。
(数え切れないくらい、この優しい強さに助けられてきたんだよな)
人目をはばからず泣けるような年齢はとうに過ぎ、今も毒が内側から身を削る感覚に痛みを覚える。そんな言い知れない恐怖に蓋をして前を向くリンの心には、いつも晶穂の存在があるのだ。
「……うん。これで、少しはもつはず」
「ありがとな、晶穂。いつも、助けてくれて」
「お互い様だよ。わたしも……ずっとリンに救われてきてるんだよ? ……出会ってから、ずっと」
俯いて、晶穂はぼそぼそと言い訳のように言う。手は柔らかくリンの手を包んでおり、決して離そうとはしない。
そんな彼女の様子が愛おしくて、リンは無意識に伸ばしかけた手を自制した。その代わり、その空いていた手を晶穂の手に乗せてみる。体をかがめて、晶穂の耳元で囁いた。
「……全部の種を集めて帰ったら、何処かに遊びに行こう。二人で」
「うん。約束ね」
花がほころぶように微笑む晶穂に頷きを返し、リンは不意に感じた敵意に振り向いた。晶穂も気付き、顔を上げる。
「これっ……」
「真打ち登場ってことか」
いつの間にやって来たのか、二人の目の前には見上げる程大きなゴーレムが立っていた。体長はおそらく三メートルは軽く超え、白く光る双眸が見下ろしてくる。
――ギッ……ギッ……。みつ、ケた。
口の位置に、横に細長い楕円の穴が空いている。そこから漏れ出す言葉は、機械音と大差ない。
これまでのゴーレムとは桁違いの大きさに、リンと晶穂はすぐさま戦闘態勢を取る。
リンの手に剣が、晶穂の手に矛が握られているのを見て、ゴーレムが雄叫びを上げた。
「ギュイィィィィィィンッ」
声は機械音宜しく高音で、二人は思わず耳を塞ぐ。それを隙と判断したのか、ゴーレムは前に伸ばした手のひらに穴が空く。
そこから何かが噴射されると睨んだリンは、振り向かずに晶穂へ注意を促した。
「来るぞ、晶穂!」
「うん」
晶穂もリンが言わんとしていることを察し、素早くリンとは反対方向へと躱す。二人が先程までいた場所には、ゴーレムの手のひらから発射されたビームによって焦がされた跡が現れる。飛行機雲のような真っ直ぐな焦げ跡に、晶穂はごくりと喉を鳴らした。
「ビーム……」
「あれにあたったら、ただじゃ済まないな」
リンもこめかみを汗が流れるのを自覚しつつ、ゴーレムから視線を外さない。相手はたった一体だが、それだけで小さなゴーレム何体分の戦闘能力を持っているのか見当もつかなかった。
しかし、ゴーレムはリンと晶穂にゆっくりと対策を考える余裕など与えない。再び手のひらに力を集中させ、リンへ向かって発射した。
「ちっ」
躱す隙を与えられなかったリンは、舌打ちと共に魔力を展開して防御する。光で描かれた花がゴーレムのビームを受け止め、激しく輝く。
完璧に受け止めたかに見えたが、ビームは一向に終わらない。少しずつ威力も増し、リンの防御壁を押し返す。ずるずると滑って後退していくのをわかりながらも、リンは歯を食い縛る。
(だめ……っ)
リンとゴーレムの攻防戦を見詰めていた晶穂は、リンの防戦一方になっている様子を見て焦りを覚えた。
魔種ではない晶穂だが、神子という役割を持つがために魔力を目覚めさせられた。だからこそ、現在リンの魔力が常に枯渇状態にあることに気付いている。毒から自らの体を守るため、無意識に魔力が使われ続けているのだ。そのため、体温を保持することも出来ずに低くなりがちになる。
「でも、下手に出たら邪魔になる。どうしたら……」
動くに動けず、晶穂はグッと手にした矛を握り締めた。これを投擲してゴーレムの気を引けば、リンをあの場所から脱出させられると焦った頭で考えたのだ。
そんな晶穂の肩を、誰かが優しく叩く。
「任せてよ、晶穂さん」
「え――」
目を瞬かせる晶穂の隣を、冷たい疾風が通り過ぎた。
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