第567話 押し潰せ

 現れたゴーレムとの戦闘を選択したジェイスたちに対し、ゴーレムは全速力で突進を試みた。体に対して太く長い腕を振り回し、三人に襲い掛かる。

「春直、ユーギ!」

「はいっ」

「了解!」

 ジェイスの合図で三人バラバラに飛び退き、ゴーレムの追撃に備える。ジェイスは壁際、ユーギは机の上、そして春直はベッドの上に着地した。

 床に穴をあけそうなゴンッという音をさせ、ゴーレムが腕をゆっくりと上げる。ほこりがたち、最も近くにいたユーギが咳き込んだ。

「げほっげほっ。この部屋、絶対掃除してないだろ」

「――っ、ユーギ!」

「!?」

 春直の鋭い声に顔を上げ、ユーギは間一髪でゴーレムの腕を足の裏で受け止めた。その左足を軸として、右足を勢い良く蹴り出して逃れる。そして机の上を逃げ出し、春直の側に下り立つ。ベッドの柔らかさでバランスを崩したが、膝立ちでしのぐ。

「助かったよ、春直」

「ほこりっぽいのは仕方ないよ。だってここ、ラクターが消えてから誰もまともに住んでないんだもん」

「そりゃあそうだよね」

 こんなのがいるんだもん。ユーギは背後から迫って来る影を振り返り、すんでのところで斜めに飛んで躱す。春直も同様にベッドの四隅にある柱を掴んでくるりと回り、着地した。

 二人が躱した瞬間、ゴーレムが羽布団の中身をばら撒いた。正しくは拳をベッドに叩き込んだことで羽布団が破け、中身が飛び散ったのだ。

「二人共、そこから動かないで!」

 そう言うが早いか、ジェイスは弓矢を出現させた。矢を鋭く四本放ち、ゴーレムが起き上がる前に掛け布団の中に閉じ込めてしまう。羽布団がゴーレムの衝撃で浮き上がったのを利用し、ゴーレムを捕える網にしたのだ。

 ぽかんとしていた年少組だったが、ジェイスが何をしたのかを理解した途端にワッと歓声を上げる。

「凄い、ジェイスさん!」

「それは思い付きませんでした……」

「とはいえ、これもその場しのぎだ。ゴーレムは呼吸しているわけじゃないからね。今のうちに、二人はわたしの傍に!」

「「はい!」」

 布団の中で暴れるゴーレムを横目に、ユーギと春直はジェイスのもとへと走った。

 二人の無事を確かめ、ジェイスがほっと息をつく。そして、何かが破ける音を聞いて振り返った。

「案の定、か」

 ドンッという衝撃が走り、床に落ちた羽布団の中からゴーレムが転がり出る。ビリビリに破かれた布団は最早見る影もなく、すぐさま背景と化した。

「さあ、どうするかな」

 矢を引いて牽制しながら、ジェイスは呟く。彼の後ろで、春直がぼそりと言った。

「確か、ゴーレムは金属や土で作られているんですよね?」

「そうだね」

 ジェイスが肯定すると、ユーギが目を丸くした。

「じゃ、じゃあ物理的に最強!?」

「ぼくらはどちらかと言うと物理攻撃が主ですから、なかなか厳しい戦いになりそうですね」

「春直、こんな時に冷静だけど冷静だね」

「内心慌ててるよ。だけど、今はそれを表に出しても何も解決しないから」

 春直は苦笑いを浮かべ、ジェイスを見上げた。

「何か、策はありますか?」

「策と言える程のものではないけどね」

 ジェイスは肩を竦めると、一本の矢を引き絞って放つ。矢はゴーレムの体にあたり、突き刺さることなく落ちて消えてしまった。

「ただ突進するだけでは歯が立たない。春直、ユーギ、手を貸してくれるね?」

「団長たちと合流しないとね」

「ですね。他のメンバーがどうしているか心配です」

「じゃあ、やろうか」

 ゴーレムの動向を注視しつつ、ジェイスはユーギと春直に指示を出す。

 三人の動きを危惧したのか、黙っていたゴーレムが突然動き出した。両腕をぐるぐると高速で回転させ、近くにいた春直に向かって行く。

「春直!」

「ただで飛ばされない!」

 春直は操血術を展開し、太い爪でゴーレムの突進を受け止めた。しかしゴーレムの力の方が強く、春直は顔を殴られそうになる。

「くっ」

「春直!」

 自分を守るために腕を交差させた春直に殴りかかったゴーレムは、横から跳び出したユーギに蹴りかかられて身を退く。更に追撃のため跳び蹴りをしたユーギだが、待ち構えていたゴーレムに足を掴まれ振り回されてしまう。

「うわっ!?」

「ユーギ、直ぐ助ける」

 ジェイスが指を鳴らすと手のひらサイズの空気の板が出現した。それを指で挟み、フリスビーの要領で投げる。

 空気の板は真っ直ぐに飛び、ゴーレムの腕の継ぎ目に突き刺さった。

「――ギッ!?」

 ユーギを振り回していた腕が自由に使えなくなり、ゴーレムは戸惑いの声を上げる。ギッギッと腕を曲げようとするが、全く思い通りにならない。徐々にゴーレムはいら立ちを募らせていく。

「悪いけど、それは簡単には取れないよ。そうなるように、徐々に形を変えているからね」

「……ギッ」

 どういうことか、とでも言いたげにゴーレムが首を傾げる。ジェイスはパチンッと指を鳴らし、わかりやすく板の形状を変えた。

 ゴーレムの腕の継ぎ目に挟まった板は、継ぎ目に突き刺さったまま外側が形状を変え、徐々に腕を覆っていく。そしてユーギを掴む指をも覆い、彼を手放させた。

 ぼすんと床に落ちるように脱出したユーギは、視界が回るのを自覚して目をぎゅっと瞑る。

「目、回った……」

「助けるのが遅れてごめん、ユーギ。だけど、きみのお蔭で隙を作れそうだ」

 ユーギの頭を撫で、ジェイスは春直に頷き合図する。その意味を正確に理解し、春直は再び操血術を発現させた。

「『操血術』!」

 両手を広げ、血のように赤い網を創り出す。それを、自在に動けなくなっていたゴーレムの上からかけて拘束する。上から押さえつけ、更にジェイスが空気の板を増やし、大きなそれを操血術の上から落とす。

「ギッ」

 意図的に重さを加えた板に押し潰され、ゴーレムが呻く。その体が変形していることを見て取り、ジェイスは二人に撤退を指示する。

「今のうちだ」

 三人は早急に部屋を出て、ジェイスの魔力を応用して鍵穴を埋めた。

「よし、リンたちを探そう」

「はい」

「うん」

 何処かわからない廊下をひた走りながら、三人は仲間の無事を祈った。

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