第565話 館にて待つモノ

「――っ、よし」

「出た! っとと」

 克臣が切り開いた道を通り抜け、ユーギが最初に森の外へ出た。そして、すぐに崖が迫っていることに驚き身構える。

 彼らが出たのは、ラクターの館が建てられている崖の先端の始まり。まっすぐに見上げれば、おどろおどろしい雰囲気を醸し出す館が建っているのが見える。

「あれが……」

 ごくりと唾を呑み込んだ春直の肩を軽くたたき、ジェイスは軽く周辺を探る。前回は到着とほぼ同時に館に殴り込んだ為、周囲を見る余裕などなかった。

「前よりも魔力の気配が濃いな」

「けど、ラクターはもういないだろ? いるのは、おそらく種の守護だけだ」

 克臣が並び立ち、大剣を取り出し握る。彼の目もまた、館にまっすぐ注がれていた。

 彼らの横に出た晶穂は、まだ青い顔をしているリンの顔を覗き込む。少しふらついている彼のことが心配で、ユキと共に体を支えて歩いて来た。

「リン、無理してない?」

「無理は、してると思う。だけど、みんながいるから大丈夫だ」

「兄さんだけに背負わせないよ」

 そう言ってリンの手を強く握ったユキは、何となく照れくさくて兄と晶穂の顔を確かめることは出来ない。そのまま館に顔を向け、そして目をすがめた。

「いるね、確かに。ジェイスさんも言ってたけど、強い力を感じる」

「しかも複数、かな」

「わたしも、わかります。……威圧感みたいなものを感じますけど」

 ジェイスに同意し、晶穂はリンの背を支えながら前を向く。彼が少しでも楽になる様願いながら、自分で創ったバングルに頼む。どうか、リンを守って欲しいと。

「……呼ばれている」

 ぼそりと呟いたリンは、仲間たちと頷き合って歩き出す。ラクターのものだった館は、今や正体不明の気配を宿す場所と化していた。

 玄関は、崖と反対側の森に向いている。リンたちの身長の倍はあろうかという高さの扉を体で押し開けるようにして、館の中へ滑り込む。

 リンたちが中へ入ると、同時に廊下や螺旋階段に付けられていた照明が明るく輝く。まるで、招待客をもてなすかのような演出だ。

「……わかってるんですね、ぼくらが来ていることが」

「っていうことだな」

 春直が爪を伸ばし、唯文も刀を鞘から取り出す。同様に、他の仲間たちもそれぞれに戦闘態勢を整えた。ここは既に敵陣の中、そんな感覚が全員に共有されている。

「……行きます」

 リンが戦闘を歩き、その後を追う形で八人が廊下を進んでいく。いつ何時『守護』が襲って来ても良いように、と全員が警戒を怠らない。

 廊下を進み、幾つかの扉を開ける。勢いよく開けていくが、何処にも守護らしき姿を見付けることは出来ない。そして、種らしきものも見付からない。

 棚や物置、キッチン。幾つもの部屋を物色したが、何者の気配も感じられない。リンは首を傾げつつ、次の部屋の扉を開けた。一体幾つあるんだと文句を言いたくなるほど、部屋数が多い。

「一体何処に」

「別のところを探してみよ、リン」

「ああ。……ん?」

 ふと違和感を感じ、引き出しを物色していたリンは顔を上げた。傍には同様に部屋を見渡す晶穂の姿がある。しかし、他には誰もいない。

「晶穂、さっきまでみんな一緒にいたよな?」

「う、うん。つい数十秒前に、ユキがそこにいたのを見たのに……」

 晶穂が「そこ」と言うのは、彼女たちが今いる部屋のベッドの近くの本棚のこと。そこで数冊の書籍を眺めていたはずのユキの姿がない。

 ユキだけではない。リンと晶穂以外の全員の姿が消えていた。

「どうして……?」

 ガタッと音をたてたのは、晶穂が動揺して小型の机にぶつかったからだ。そのままバランスを崩しかけた彼女の体を支えたリンは、新たな気配を同室内に感じて振り返る。

「な、んだ、あれ?」

「人形?」

「にしてはゴツすぎるだろ」

 二人が見ているのは、部屋の扉の前に立つ身長百六十センチ程の大きさの人型の何か。それはガクリと俯いたまま、微動だにしない。

 リンは剣を手にし、晶穂の前に立つ。背後で晶穂も矛を手にした気配がしたが、出来ることならば使わせたくない。

 しかし、決意の言葉が後ろから聞こえる。

「リン、わたしも戦うよ」

「……止めても無駄だな。俺も万全じゃない。頼るぞ?」

「うん。一緒に、みんなと合流しなくちゃ」

「ああ」

 二人が互いの決意を確かめ合った時、彼らに金属的輝きを放つ頭を向けていた人型が不意にその頭をもたげた。瞳孔のない目が白く輝き、リンと晶穂を見据える。

 口はカッターで横に切り込みを入れたかのようで、全く動きはない。にもかかわらず、重低音に似た超えが聞こえた。

 ――ノゾむ、モの。を倒してみろ。

 その声は波動でも放っているのか、リンの頭に直接届き振動した。リンはぐらりと視界が揺れるのを自覚し、足を踏ん張る。

「くっ……」

「何、これ。揺れる……?」

「晶穂、踏ん張れ」

「うんっ」

 リンの鼓舞を受け、晶穂も何とか耐える。そして人型と目を合わせ、昨晩の会話を思い出した。

「ゴーレム……」

「まさか、本当にそういうやつだとは思わなかったけどな」

 肩を竦めたリンのこめかみ近くを何かが通過する。カッという鋭い音がして、次いでようやく振り返ったことで気付く。窓枠に銃弾のようなものがめり込んでいることに。

「リン!?」

「大丈夫、あたってはいない。……もう始まってるってことか」

「勝とう!」

「勿論だ!」

 リンが床を蹴り、ゴーレムに向かって剣を振り上げる。続いて晶穂も防御壁を築き、矛の刃に魔力を籠めた。

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