第564話 道無き道を
翌日、リンたちは動くのに邪魔になる大きな荷物を宿に預けた。身軽ないでたちで立っている場所は、ラクターの館に繋がる中規模な森の前。
「……なんだか、暗い森ですね」
唯文の言う通り、森は鬱蒼として暗い。大樹の森は比較的明るく、陽の光が降り注ぐ森だったが、こちらは木々が競争して葉を茂らせたためか地面まで光が届いていなかった。
「しかも蔦やら蔓やら、歩くのに邪魔だなっ……と」
「試し斬りっぽいね」
先頭を行く克臣が、愚痴を言いつつ邪魔な葉や枝を大剣で斬り落とす。彼の後ろを歩くユーギは、ひょいひょいっと無惨に落ちるそれらを躱していた。
「前回は……確か扉を無理矢理こじ開けてここに繋げたからな。行き方がわからない」
「そうだったね。あの後、すぐにジェイスさんと克臣さんに捕まって、リンの居場所を訊かれたのが懐かしいよ」
「……すまない」
自分が勝手に飛び出したせいだ。リンが目を伏せると、晶穂は「謝らないで」と首を横に振る。
「あの時は、あれが最善だったと思う。それから、リンの後をジェイスさんたちが追って行ったのもね」
ですよね。晶穂に問われ、彼女らの前を歩いていたジェイスは肩越しに振り返った。
「わたしたちもすぐに扉を繋げたから。……克臣、方向は合ってるからそのまま進んで」
「了解」
地図を持つジェイスの指示を受け、克臣はそのまま直進する。
ジェイスの持つ地図は、エレーヌの本屋で買ったものだ。それに町の住人に尋ねてわかった館までの道筋を書き加え、今に至る。
唯文が地図を覗き込み、首を傾げた。
「町の人たちはここを通ってわざわざ肝試しをしてるんですか? 道なき道なんですけど」
「獣道すらない……」
春直も独り言ち、ジェイスが苦笑する。
「道は幾つかあるらしいからね。大抵は町の人たちが独自に切り開いたルートで、正規のものはなさそうだ。今回は、わかった道筋の幾つかの間を縫って歩いているようなものだし。種に繋がるものを見落とさないように」
「あそこもあれだけ大きな建物ですから、町との行き来のための道くらいありそうですけどね。……リン? どうし、たの。リン!?」
晶穂がリンの変化に気付き、声を上げた。その困惑した声に、その場にいた全員が振り返る。
リンは晶穂の声を聞きながら、意識をより先へと向けていた。森を抜けた先にある館の中にいる存在が、リンの頭に語りかけて来る。
(なんだ、この声。……いや、声というのも難しい…音と言う方が適切か?)
まるで機械音のような、ウィーンという音が頭の中に鳴り響く。脳内がかき乱されるような感覚に、リンは思わず膝を付いた。
「くっ……」
「リン、気をしっかり持って」
リンの前に膝をついた晶穂は、彼の手が両肩に乗るのを見てそっとリンの体を支えた。呻くリンは、少しだけ安堵した顔をする。
「あ、きほ。ごめん、肩借り……っ」
「大丈夫、大丈夫だよ。わたしもみんなもここにいる、からっ」
「……っ」
呼吸を乱し、リンが何かに耐えている。その姿が痛々しく、晶穂は涙ぐみながら声をかけることしか出来ない。
そこへ駆け寄って来たユキが、兄の背をさすりながら晶穂の方を見る。青ざめ、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。
「晶穂さん。兄さんどうしたの……?」
「わからない。だけど、たぶん館が近付いていることが原因なんじゃないかな」
「館……。守護獣がいるってことなのかな?」
ユキが振り返れば、木々の向こう側に巨大な何かがそびえ立っている様子が見えた。きっとあれだと思いつつ、かすかに震えるリンの背に手を置く。
少年の疑問に対し、晶穂は明確にそうだとも違うとも言えない。目を伏せ、首を横に振ってから口を開く。
「わたしには感じられないから、確かなことは言えない。けど……」
「……合ってるぞ、晶穂」
「リン!」
「兄さん!」
かすれ声で応じたリンは、前髪をかき上げるように額を押さえながら立ち上がる。その頬に冷汗が伝い、歯を食いしばった。
「この先に、守護がいます。ただ、機械音のような音が頭に響くので、もしかしたら獣ではないのかもしれませんが」
兄の言葉に、ユキが首を傾げる。
「機械音? ロボットとか」
「昔から存在する守護だろうから、ロボットはないんじゃ……?」
「守護と言っても千差万別、ということかな」
晶穂の反応を受け、ジェイスが前回の獣を思って苦笑した。その隣で、少し考えていた唯文が口を挟む。
「ゴーレムとかなら、昔からいてもおかしくはないですよ」
「土で造られたっていうあれ?」
「そうだ、春直。あれ」
「ゴーレムな。戦い方が変わりそうだな……って痛っ」
「克臣さんはいつもそれだね! どんな奴が来ても、みんな一緒なら大丈夫だよ」
考え込む克臣の背中を力任せにはたいたユーギが、そうでしょうと問うようにリンを見上げる。その純粋な瞳に、リンは「そうだな」と笑ってみせた。ぐしゃぐしゃと頭を撫でると、ユーギがわぁわぁ言いながらも嬉しそうにする。
「誰も独りじゃない、だから大丈夫……か。行きましょう」
頭痛のような音は続く。しかも、徐々に強くなっている。リンはそちらに意識を持って行かれないよう注意しながら、真っ直ぐに館を目指した。
ゴォン、ゴォン……。
聞き慣れない物音が響く中、巨大な何かが蠢く。その両の眼が鮮烈な紫色に輝き、魔力量が引き上げられる。
――……クル。ノゾむもノ。
その言葉を合図に、幾つかの影が立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます