第563話 おいしいものは活力のもと

 アラストから海岸沿いに西へ進むと、中規模の森が広がっている。その森を抜けた先には崖があり、目指す館は崖の上に建つ。

 森の手前にある町、エレーヌの宿にリンたちは部屋を取った。その後、二人一組で町に繰り出し、館や種に関する話を集めていく。

 ラクターの館だった建物は、近くの町の住人の話だと肝試しスポットとして有名になっているらしい。そんな情報を仕入れてきたユーギとユキが、更に仕入れてきた話を披露する。

「何でも、夜な夜な変な声が聞こえるんだって」

「大きな人影を見たって話もあったよ。影が見えて、振り返ると誰もいないんだって。そう言った男の子、思い出して青ざめてたよ」

 夜な夜な聞こえる謎の声、気配のない人影。それだけでも、人を恐怖に陥れるのは充分な条件がそろっているように思えた。加えて、あの建物の主はこの世にいない。行方は知れない。

「幽霊屋敷のようだね。以前行ったのは、わたしと克臣、そしてリンだけだったか」

「だな。ケルタの魂を救うことは出来たと安心していたが、こんな風になるとは思いもしなかったな」

 これから向かおうというラクターの館に行ったことがあるのは、リンたち三人のみ。後のメンバーにとっては、初めて訪れる場所になる。

 リンはジェイスたちの言葉を聞きながら、わずかに目線を落としていた。

(ケルタ……)

 ケルタはリンが幼少期、外の存在で唯一心を許すことが出来た大切な友人だ。学校に行くのも遊ぶのもいつも一緒で、楽しい思い出しか持ち合わせていない。

 そんな彼が姿を消したのは、リンたちが小学生の頃。後にその珍しい血統が故にさらわれたのだと知ったが、当時のリンはその無慈悲さと寂しさに泣くことも出来なかった。

「生まれ変わったら、お前の傍に行ってやる。──だから泣くなよ、リン」

 それは、魂だけの存在となったケルタが最期に残した言葉。少なからず、リンに前を向かせる一因になっている。

 出会いと別れを経験させた友人の最期の地へ向かう。リンは複雑な気持ちを胸に仕舞い、視線を前に戻した。

 そして、自分のことをじっと見詰める晶穂の視線に気付く。

「えっ……」

「リン、大丈夫じゃない時は、大丈夫じゃないって言って。全部わかるなんてことは言えないけど、気持ちを寄せることは出来るから」

 無意識に強く握りしめていた膝の上の拳に、晶穂の細く温かな手が重なる。軽く瞠目するリンに、晶穂は言葉を重ねた。

「ここには、リンを信じてる人しかいないよ。リンは……怖い?」

「怖くはない。ただ、もう一度あの場所に行くことに若干の後ろめたさというか、引け目を感じるのも確かかな」

 それでも、とリンは重ねられていた晶穂の手を握り返す。驚き目を丸くする晶穂に微笑みかけ、見守ってくれる仲間たちに向かって顔を上げた。

「ここで立ち止まる訳にはいかない。ケルタとも約束したからな」

「約束?」

 どんな約束をしたのか。晶穂は気になったが、リンにそれを話す気がないと察して何も言わない。

 リンはといえば、晶穂に尋ねられなくてほっとしていた。

(晶穂を大事にしろよと言われたとか、本人に言えるはずないしな)

 瞼を閉じ、脳裏に残るケルタの笑顔に誓う。必ず、彼との約束を守ると。

 一つ数えて目を開き、リンは決意を秘めた顔で口を開いた。

「……明日、館に向かいましょう。おそらく、大樹の森と同様に守護獣がいるでしょうが」

「種を守る獣……。森でも思ったけど、前にそこに行った時はいなかったよね。何でだろ?」

 至極当然の問いを発したのはユキだ。それに対し「推測だけど」と前置きをして、ジェイスが応じた。

「今まで、銀の花畑が危機的状況を迎えることがなかったから目覚めていなかった、と考えるのが妥当だと思う。種を求める誰かがいなければ、守る必要もないわけだしね」

「でも、そこに種はずっとあったんだよね?」

「あったんだと思う。ただし、文献の中にも確かな記述はないから、研究者でもいない限りは荒らされることがなかったんじゃないかな」

「今回は、花の種をわたしたちが探している。だから、種を得るに相応しいかどうか、見定める役割を持つ守護獣が目覚めたのかもしれませんね」

「わたしはそう思うよ、晶穂」

 晶穂の言葉に頷いたジェイスは、さてと部屋を見渡した。

「明日も早い。夕食は外で済ませて、休まないとね」

「エレーヌの名物が食べられる店が、宿の近くにあるらしいぞ」

「克臣……」

「ジト目で見るなよ、ジェイス。こんな時だからこそ、ちゃんと食べないと戦えないだろ?」

「その通りだけどね」

 食い意地の張った幼馴染に呆れるジェイスとは対照的に、ユーギが目を輝かせて話題に食い付いた。

「克臣さん、名物って?」

「おお、それはな……」

「流石に腹減りましたね」

 苦笑した唯文に頷いた春直が、リンと晶穂の服の袖を軽く引いた。

「行きましょう。おいしいもの、食べないと」

 自分も少なからず疲れているだろうに、春直は気遣いを忘れない。そんな健気な少年にほだされ、晶穂とリンは顔を見合わせて微笑んだ。

「ふふっ、そうだね」

「行こうか」

 克臣に案内されたのは、お好み焼きに似た葉物野菜と肉がたくさん入った食べ物の店だった。鉄板の上でジュージューと良い匂いが立ち込める。

 カウンター席しかない店で、一行はわいわいと賑やかな食事を楽しんだ。

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