廃墟の種
第562話 からかい
祠の種を手に入れた翌日、リンたち一行はかつてケルタの魂を救うために訪れた西の端に建つ館へ向かっていた。
昨晩のカレーはルーが鍋から消え、空っぽだ。全員で食べて片付けてしまい、ジェイスと克臣は嬉しそうにそれを見守っていた。旅支度のため、それ程大きなものではないが。
「ジェイス、館まではどれくらいかかる?」
「歩くなら一日はかかると思う。手前の町で一泊かな」
「了解」
大樹の森から離れ、昼時になっていた。
ジェイスと克臣を先頭に、年少組が続く。彼らの後ろ、
晶穂はリンの隣を歩きながら、バングルの石の色が少し黒ずんでいることに気付いた。
「リン、バングルに触るね?」
「……ああ」
リンは平常時とほとんど表情は変わらないものの、ほんの僅か辛そうだ。晶穂はそう感じ、立ち止まってバングルの青い石に指で触れる。その途端、晶穂の指を介して悪意が押し寄せて来た。
「くっ……」
ぐらり、と晶穂の視界が回転する。足下がおぼつかなくなり、思わず体のバランスを崩した晶穂をリンが受け止める。青い顔をする彼女を抱きとめ、リンは眉をひそめて囁いた。
「無理するなよ? こいつは、花の種の力を感じて焦ってるんだと思う」
「大丈夫。絶対、負けない」
晶穂は呼吸を整え、リンの手を借りて体勢を整える。そして手をかざし、形のない悪意を封じるために力を使う。少しでもリンが楽になるよう、願いを籠めて。
「……」
真剣な表情の晶穂を、リンはじっと見守る。徐々に体を巣食う痛みが和らぎ、冷えていたものが温かくなっていく。
(ごめんな、晶穂。こんな時なのに、そうやって気にかけてくれるお前が……)
「……どう、かな?」
思考が寸断され、リンは思っていたことを呑み込む。それから瞬時に考えていたことを頭の隅に追いやった。
右腕をさすり、リンはふっと表情を和らげる。それまで感じていた冷える痛みが落ち着いていた。
「ああ、楽になった。ありがとな、晶穂」
「辛くなったら、言って? わたしも出来ることはしたいから」
「……ああ」
晶穂の笑みにつられたリンだが、ハッと顔を上げて進行方向を見る。すると案の定、にやにやとこちらを見詰める仲間たちと目が合った。
「……何ですか?」
「いや? 晶穂は頼りになるなと感心していただけだが?」
「笑顔が意味深なんですよ、克臣さんは」
顔を赤くしたリンは、同じく顔を赤く染めた晶穂と離れてから、待っていた仲間たちに向かって「行きましょう」と手を挙げた。
再出発して歩く中、リンの傍に来た克臣がニヤニヤしながらリンに耳打ちする。晶穂はジェイスたちと二人の前を歩いており、会話は聞こえていない。
「で、何を考えてた?」
「……何の話ですか」
何をの中身に気付きながらも、リンはあえて気付かないふりをした。しかし、それくらいで克臣の悪戯心が収まるわけもない。
「お前の晶穂を眺める目、他にないくらいに優しかったからな。何を考えてたのか、兄貴分としては興味をそそられるわけだ」
「……ただ単に、俺をからかいたいだけでしょ?」
「そうとも言うが、俺もジェイスもリンがそうやって誰かを想えるようになったってのが嬉しいからな」
ククッと笑い、克臣は遠くを見るような目をした。
「俺たち以外とはほとんどかかわろうとしないし、このまま成長して団長になれるのかって心配したもんだ。だけどお前は、立派に成長して大切な人を見付けた」
「止めて下さい。観念しますから……」
額に手の甲をあて、リンが真っ赤な顔で呻く。
それを見て、克臣は「かわいいなぁこいつ」と思ったが口には出さない。これ以上からかえば、リンから拳が飛んで来る。適度な塩梅が大切なのだ。
「じゃあ、正直に何を思ったか吐けば許してやるよ」
「許すとかそういう問題じゃないでしょう……」
はあ、とリンはため息をつく。そして、先程頭の隅に追いやった言葉を晶穂に聞こえないよう小さな声で暴露した。
「俺は、晶穂が痛みを緩和させるために力を使ってくれているのに、そうやって気にかけてくれる晶穂を……か、可愛いと思ってしまっただけです」
「……素直になったよな、お前」
「誰のせいで言ったと思ってるんですか!?」
小声で文句を言うリンの頭をポンポンと叩いてやり、克臣はケラケラと笑った。
「そうやって誰かのことを愛しく思えるお前が好きだよ、リン」
「――っ。突然何なんですか、本当に」
大人しく頭を撫でられていたリンが見上げると、克臣は柔らかい表情を浮かべるのが見えた。ぐしゃぐしゃと乱暴にリンの髪を乱し、克臣は弟分の背中をバシッと叩いた。
「――痛っ」
「本心だ。ほら、行くぞ」
軽くつんのめったリンを笑い、克臣は自分たちに手を振るジェイスたちの方へと先に歩いて行く。その背中を追い、リンも一歩踏み出した。
館の主が姿を消し、主人というべき存在はいなくなった。
人の気配を失った建物は、徐々に朽ちていく。それは有名な話で、朽ちさせないために住む人を絶えさせないようにするというとか。
しかし、この館は不思議だった。人が住んでいないにもかかわらず、全く朽ちる様子がない。それどころか、変わらず人を寄せ付けないおどろおどろしさを持ち続けている。
やがて周辺に住む人々は、館を怖いものとして認識するようになった。かつて己の欲望のために宝物を集め続けた男の望みの果て、館が意思を持ったのだと。
――……。
夜な夜な、月明かりに照らされた館の壁に影が映る。肝試しにやってきた少年たちが振り返ると、そこには誰もいないという。
そのため、影の正体を見た者は誰もいない。
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