第561話 指針
リンとユキが戻ると、焚き火が赤々と燃えていた。その近くには夕食時までユーギが着ていたシャツが干されており、服の持ち主は晶穂たちと共に何かを覗き込みながら話をしている。
「戻りました」
「ただいま!」
「お帰りなさい、二人共」
兄弟の挨拶を聞き、晶穂が一番に顔を上げた。なんとなくリンと晶穂は互いに照れてしまい、すぐに目を逸らしたのは秘密だ。
晶穂が気付いたのを皮切りに、他の仲間たちも「お帰り」と口々に言う。
「それで、今は何を?」
「エルハがね、有力な情報をくれたんだよ」
「エルハさんが、ですか?」
驚くリンに、ジェイスが頷く。そして、晶穂と唯文を呼んだ。
「二人が話を聞いてくれたから、また頼んでも良いかな?」
「「はい」」
首肯した二人のうち、まずは晶穂が口を開いた。
「リンとユキが出掛けてから、すぐにエルハさんから連絡が入ったの。ノイリシア王国に銀の花の種があるかもしれないって」
「……え?」
「それ、ほんと!?」
「明日から調査を開始するって言ってましたけどね」
リンが目を丸くし、ユキは身を乗り出す。唯文が晶穂の後を繋ぎ、話し始める。
「ソディール全域に銀の花の種はばら撒かれている。そのことから、エルハさんはイリス殿下にも相談されていたようです。先程殿下から呼び出され、簡易的な報告書と古い本を二冊受け取ったとか」
「イリス殿下、かなり調べて下さったらしくて。エルハさんが笑ってた」
その時のエルハの表情は、以前家族について語る時の表情よりも柔らかかった。それが嬉しくて、自然と晶穂の顔も緩む。
しかし、ここからが本題だ。コホンと咳払いをし、晶穂は表情を改めた。
「本の中身は、ノイリシアの昔話。その中の二つに、種の記述と思われるお話が載っていたんだって。話を聞く限り、明確に種のことだっていう書き方はされてないけど、可能性は否定出来ないと思う」
「白い光や光る魂という書き方でしたね。光の方は、遠くへ飛び去ってその地で白い花を咲かせたとか」
「……それは、確かに銀の花の可能性が高いな」
唯文の言葉に頷いたリンは、どう思うかとその場にいた仲間たちに尋ねた。
「俺の種と引き合う力は、ある程度近くなければ働かないらしい。ノイリシアとなると、距離という障害がある。みんなは、どう思いますか?」
「わたしもリンと同じだ。可能性は低くないと思う。エルハが調べてくれると言うなら、その話が伝わっている地域を特定してくれるだけでもありがたい」
「俺もそう思う。エルハは何だかんだ言いつつ武闘派だから、その辺りが少し不安だがな」
「エルハさん、落ち着いていて大人だなぁって思ってたけど違うの?」
きょとんとしたユーギに問われ、克臣は肩を竦める。
「ま、タイミングによるな」
そう言ってお茶を濁した克臣は、春直たちに目を向けた。
「一旦、エルハからの報告を待つのがいいと思う。その間に、ソディリスラに散らばる種を集めるんだ。お前らはどう思う?」
「賛成です。竜化国とかにもある可能性があるってことですよね?」
晶穂の問いに、克臣が頷く。
「そうなるな」
「だったら、順番に行くのが良いかと」
「アルシナに連絡を取ってみよう。彼女なら長命だから、種のことも見聞きしたことがあるかもしれない」
そう言ったジェイスの目元が、わずかに緩む。ほんの些細な変化だったが、そこにいた全員が気付いた。指摘する無粋な真似は、誰もしないが。
「ノイリシア、竜化国はそれでいきましょう。もう一つは……最終的に乗り込むつもりで」
「だね」
もう一つ、とはスカドゥラ王国のことを指す。神庭を巡って争ったことが記憶に新しく、皆積極的に関わりたいと思う相手ではない。
とはいえ、背に腹は代えられないのが辛いところだ。リンの決意にユキが同意し、皆も頷く。
ある程度の方針が定まり、春直がふと気付いて口を開いた。
「そういえば、団長は今種が近くにあると気配を感じるんですよね?」
「そうだな」
「じゃあ、今はどうですか? 森の種の次に、どっちの方角にありそうだとかわかるものなんです?」
「……」
春直の疑問を受け、リンはそっと瞼を閉じる。神経を研ぎ澄ませ、花の種の気配を探るのだ。そんな彼を、仲間たちは黙って見守る。
(銀の花の種、何処にいる? 何処で、芽吹きを待っているんだ)
気持ちを静めると、ふと左手首が熱を持っていることに気付く。そこに嵌められているのは晶穂の力で創られたバングルで、それには種が宿る石が付属している。その石が温かく熱を持ち、何処かに導こうとざわつく。
力の向く方向を思い描き、リンはハッと目を開けた。
「――廃墟」
「大丈夫? リン」
「あ、ああ」
隣からじっと見詰めて来る晶穂に曖昧に頷いて見せ、リンは大きく高鳴った心臓を落ち着かせようと深呼吸した。
(不意打ちは心臓に悪い……)
晶穂の揺れる瞳を間近で見てしまい、リンは場違いな緊張を深呼吸で外に逃がす。それから気を取り直し、北西の方角を指差した。
「おそらく、方角としては向こうです」
「あっちには何がありましたっけ?」
首を傾げた唯文に、ジェイスが目を見開いてある建物の存在を口にした。
「……ある、ラクターの館が」
「あそこは今、廃墟と化していると聞いたぞ?」
「その通りだ、克臣。だけどあの館なら、貴重なものが隠されていても驚きはしないな」
「間違いない」
「じゃあ、次はラクターの館だね」
ぐっと両手に力を入れるユキの肩を叩き、克臣は「その前に」と微笑んだ。
「そうと決まれば、全員寝るぞ。テント割りはいつも通りだが……リン」
「何ですか?」
目を瞬かせたリンに、克臣はニヤリと笑って訊いた。
「晶穂と一緒のテントに入っても良いぞ?」
「――っ、しません!」
「くくっ。それは残念だ」
真っ赤な顔をして叫ぶリンをからかい、克臣は楽しそうに笑う。彼らの近くで晶穂も赤面して顔を背け、ジェイスが温かく見守っていた。
結局、リンとジェイス、克臣の三人。年少組四人、そして晶穂といういつもの分け方で眠りにつくことになった。
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