第558話 テント泊
大樹の森を出たリンたちは、夜遅くなったこともあり野宿を選択した。町までは距離があり、特に年少組の眠気がピークを迎えていたという理由もある。
何処か良い場所はないかと探していた一行は、運良く大木の根本に
「この辺りにしようぜ。適度に街道から見えないし、丁度良いだろ」
「賛成です。……ほら、ユーギ起きろ」
「んー」
リンが克臣の背中で眠りかけていたユーギの肩を揺すると、ユーギはむにゃむにゃ言いつつ薄く目を開けた。
「もう朝?」
「残念ながらまだ夜だよ、ユーギ。テント張るから、下りて待ってろ」
「うん……」
ズルズルと克臣の背中から下り、ユーギは大木の根本に腰を下ろして目を閉じた。
「おれたちはどうしましょう?」
「まだ動けるよ、兄さん」
唯文とユキが身を乗り出し、リンは二人に枝を拾ってくるよう頼む。
「薪代わりになるやつ、持って来れるだけでいいぞ」
「わかりました」
「任せて!」
少し休んで体力が回復したのか、二人は軽い足取りで森の中へと消えて行く。少し無理をして走っているようにもリンには見えたが、空元気でも良いかと克臣たちのもとへ向かった。
それを見ていた晶穂が、手を繋いでいた春直を見る。彼も時折船を漕ぎながら、なんとか頑張って歩いてくれていた。
「春直、あなたも休んでいて良いよ?」
「ぼくも手伝い……。すみません、待ってます」
「ふふっ。はい」
手伝いたいと申し出ようとした矢先、春直は己の眠気を自覚した。顔を赤くして引き下がる少年を見送り、晶穂は「よし」と己を鼓舞してテントを張るリンたちのもとへと歩く。
克臣とリン、そしてジェイスが二人と一人に分かれてテント張りをしていた。おそらく張り終わればどちらかが手伝うのだろうが、晶穂はジェイスに話しかける。
「手伝います」
「休んでって言いたいけど……そっち押さえててくれる?」
「はい」
正直、一人では荷が重かった。そう言って微笑むジェイスを晶穂が手伝い、四人で計三つのテントを設置し終わる。大人組と年少組、そして晶穂の分だ。
テントの準備を終え、克臣が伸びをする。
「……っと、こんなもんか」
「だね。リン、晶穂。わたしたちが夕食は作るから、少し休んでおいで」
「えっ」
「でも」
食事作りなら手伝える。そう言いかけた二人だったが、反論する前に克臣が言葉を被せた。
「だな。近くに川もあるはずだから、何なら水も汲んできてくれると助かるんだが」
そう言って克臣が二人に手渡したのは、人数分の水筒の入った二つのトートバッグだった。一本一本は五百ミリリットル程入る水筒であるため、重くはない。重くはないが、必要なものであることは間違いなかった。
リンは軽く息をつくと、克臣からトートバッグを受け取る。
「……わかりました」
「流石だな、リン。ああ、急がなくて良いからな」
「そんなにのんびりもしていられませんよ。……行こう、晶穂」
「うん。あっ、持つよ!?」
ジェイスからトートバッグを受け取ろうとした晶穂は、隣からバッグをかっさらわれて手を伸ばす。しかし一つを肩にかけ、もう一つを空いた手に持ったリンは、バッグを渡そうとはしない。
「いい。軽いし」
「帰りは持つからね?」
「頼むかもしれないな」
そんな言い合いをしながら去って行くリンと晶穂を見送り、ジェイスは傍で料理の支度をする克臣に向かって笑いながら問いかけた。
「リン、晶穂に水筒渡すと思うか?」
「……渡したとしても鞄ごとじゃないだろうな。水筒一、二本じゃねえか?」
「わたしもそう思う」
「――ったく、かっこつけだな」
「好きな人の前なんだ。どれだけボロボロでも格好くらいつけたいだろ」
「違いない」
くすくす笑うジェイスと、口を開けて笑う克臣。二人はひとしきり笑うと、木の根本で眠ってしまったユーギと春直をテントに運び込んだ。
「何作る?」
「とりあえずカレーかな」
「賛成」
「お待たせしました!」
テントを出て相談していた二人の前に、薪を腕から零れ落ちそうな程抱えた唯文とユキが現れた。彼らの手から薪を受け取りながら、ジェイスは苦笑する。
「二人共泥だらけじゃないか。髪に葉っぱもつけて。草むらにでも入った?」
「落ち葉の積もったところで転んでしまって……。でも膝をすりむいた程度ですよ」
ほら、と唯文が膝を見せてくれる。確かにこの程度なら放置しても治るだろうが、ジェイスは別の指示を出した。
「それでもばい菌が入ったらいけない。この先に川があるはずだから、一先ずそれで洗っておいで。リンたちもいるから、ついでに呼んで来てほしいな」
「……おれ、邪魔しません?」
「大丈夫だろう。心配なら、ユキも一緒に頼むよ」
「わかった!」
薪を拾いに行った時とは違い、二人は歩いて行く。すりむいた程度とはいえ、痛みはあるだろう。
ごそごそと荷物を漁っていた克臣が、ジェイスに「なあ」と呼び掛けた。
「ジェイス。あいつらが帰って来るまでに支度しちまおう」
「ああ」
メニューさえ決めてしまえば、二人共あとは阿吽の呼吸だ。
克臣は普段あまり料理をしないが、所謂男の料理と言われるようなざっくりとしたものを好んで作る。ジェイスもそれ程やらないが、作らせれば器用なため何でも出来てしまう。
あとは煮込むだけ。そうなった頃、森の方からわいわいと話し声が聞こえてきた。
「いい匂いだ!」
「カレーですか?」
「お帰り。ユキ、唯文。それから、リンと晶穂もね」
コトコト煮込まれている鍋から目を離し、ジェイスが四人を迎えた。隣で紙皿を並べていた克臣は、ひょいっとリンと晶穂の顔を見てニヤリと笑う。
「……お前ら、若干顔赤いか? 風邪ひくなよ。ユーギと春直を起こして来てくれ」
「……何でもありません」
「あ、い、いってきます!」
「おう」
二人を見送り、克臣は振り向いて唯文たちに説明を求めた。
「で?」
「お邪魔してしまうぎりぎりのところでしたよ」
「ははっ。そうそう!」
苦笑した唯文とユキの話を聞き、ジェイスと克臣は笑い合った。今日も相変わらずだ、と。
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