大切なものに距離は関係ない

第556話 異国の仲間

 一時の休息を経て、リンたちは大樹の森を抜け出す。帰り道は守護獣たちのはからいか、道筋が示されていた。白い石畳のような光が道を作り、導いてくれたのだ。

 その石畳を歩きながら、ユーギが笑う。

「なんか、至れり尽くせりだね」

「森を出るのに四苦八苦してたら、先が思いやられるからだろ。この森は広いからな」

「シンがいたら、懐かしいって言うかな」

「あいつにとって、ここでの思い出が良いものだったならな」

 克臣とユーギの会話を何の気なしに聞いていたリンは、先を行くジェイスが「あ」と声を上げたのを聞いて立ち止まった。

「どうしたんですか、ジェイスさん?」

「ああ、リン。見てみろ」

「……そっか、ありますよね。ここに」

 彼らの前に現れたのは、シンが封じられていた神殿だった。苔生した柱の足元に、小さな紫色の蝶が舞っている。

 大昔に建てられたという神殿は、主を失った今でも荘厳な姿を失わない。ジェイスとリンが立ち止まっているのに気付き、仲間たちもその場に留まる。

 きちんと全体を見たことがなかったと笑う晶穂は、目を細めた。

「ここ……最初に来た時はシンに呼ばれていたので、無意識だったんですよね」

「あの時は、突然消えるから本当に焦った」

 眉をひそめリンが肩を竦める。それを見て、晶穂は「ごめんね、ありがとう」と微笑んだ。

「懐かしいな。今は……あの守護獣たちがいるから大丈夫だろう」

 ジェイスが振り返り、淡く笑う。彼の視線の先には、半透明の守護獣たちが立っていた。

 彼らの見送りを背に、リンたちはまず町に出るために夜の森を出た。




 同じ頃、サラはエルハと久し振りに二人きりの時間を楽しんでいた。夕食は一緒にと一週間前から約束していたためか、エルハも全力で仕事を片付けてきたらしい。

「今日は、サラが作ってくれたんだって? ノエラが味見させてもらったと喜んでいたよ」

 エルハが目の前のハンバーグを口に運びながら言う。ハンバーグの他にもサラダやパンが並び、デザートとしてフルーツゼリーが冷えている。

 目を和ませるエルハに頷いたサラは、昼間のノエラの様子を思い出して微笑んだ。ノエラとは、エルハの半分血の繋がった妹姫のこと。

「ふふっ。ノエラ姫、とっても嬉しそうに食べてくれたからあたしも嬉しかったなぁ。今度、一緒に料理を作る約束をしたんだよ」

「あの子には、出来るだけ色んなことをさせてあげたいな。サラ、宜しく頼むね」

「勿論! 任せて」

 トンッと胸を叩いたサラは、ふと真剣な顔つきに変わる。彼女が何を言わんとしているかを察し、エルハはフォークを持つ手を置いた。

「それで、話は変わるんだけど……」

「団長たちのことだろう? 銀の花の種を十個、探し出さなければならないっていう」

 エルハに言い当てられ、サラはこくっと頷いた。

「そう。種はソディール全域に隠されているらしいんだけど、エルハは関係ありそうな昔話とか伝説とかに思い当たることはない?」

「昔話や伝説、か。正直、ここ最近ノイリシアの歴史を学び直し始めたところだけど……」

「エルハ、お仕事の後に書庫に行くこと多いもんね。そっちはどう?」

「お蔭様で、本を読んでいて徹夜しかけたことが何度があるよ」

「それはダメでは!?」

「だよねぇ」

 ガタンッと思わず立ち上がったサラに苦笑を見せ、エルハはうーんと腕を組んだ。

「種、とはおそらく明示されないだろうね。不思議なものとか白いものとか光るもの……。兄上にも尋ねてみたけれど、調べてみるっておっしゃってた」

「そっか。わたしもノエラ姫の持ってる絵本とかからも注意して探しておくね」

「お互い、見付けたら報告しよう。団長たちにも知らせないといけないしね」

「うんっ」

 真剣に頷いたサラは、ふと眉をひそめた。

「団長に毒の呪い、か。晶穂、大丈夫かな……?」

「あののことだから、気丈に振る舞ってはいそうだけど。サラ、心配?」

「晶穂は気丈だけど、ずっと不安だと思う。リン団長のこと、本当に大好きだから。何とかして見つけ出さなきゃって頑張り過ぎてないと良いんだけど」

 ぺたん、とサラの猫耳が垂れた。

 エルハは項垂れる恋人を見詰め、ふっと笑う。

「大丈夫、あっちには頼れる仲間がたくさんいるから。彼女の変化に、すぐ気付くよ」

「……そうだね」

「僕たちに出来るのは、少しでも早く種の情報を提供することだ」

「うん。少しでも力になりたいから、頑張るよ」

 気を取り直したのか、サラの耳がぴょこんと立ち上がる。グッと両手の拳に力を入れるサラを目を細めて眺めながら、エルハは今は離れている仲間たちの無事を祈った。

「失礼致します」

 再び食事を始めた二人のもとに、おとないを告げたのはイリス付きの侍女の一人だ。腰を上げかけるエルハに、彼女は「座ったままで」と腰をかがめる。

「エルハルト様。イリス殿下より、食事の後で時間が出来たら自分のところに来て欲しい、と言付かっております」

「わかりました、と伝えて下さい」

「承知致しました」

 あまり表情を変えずに去って行った侍女を見送り、エルハは肩を竦めてサラを振り返った。

「申し訳ない。折角、サラが頑張って作ってくれたのに」

「そんなこと言わないで。イリス殿下の用事なら、何か大事なことだと思うし。それに……殿下は今すぐに来い、とはおっしゃらなかったし」

「ふふっ。確かに、その通りだ」

 イリスの配慮に感謝しつつ、二人は少しだけ食べるスピードを上げた。エルハが兄のもとを訪れたのは、それから三十分程後のことである。

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