第555話 一つ目の種

 木戸の奥にあったのは、白く輝く一つの種だった。ころんとした見た目のそれは、ヒマワリの種によく似ている。

 リンは手を伸ばし、種を摘まむ。妙に温かさを感じさせるそれは、まるで生きていると思わせる何かがあった。

「これが、種……」

 ――一つ目、といったところか。望む者よ。

 ――そういうことだな。望む者よ。

「誰……だ?」

 突然頭に直接響く声に、リンは勢い良く振り返った。そこにいるのは仲間たちと、二頭の守護獣のみ。

 守護獣たちは動かず、じっとリンを見詰めている。

「まさか、お前たちが?」

 ――我が名は右京うきょう。見分ける者。

 ――我が名は左京さきょう。見届ける者。

 向かって右の獣、角を折られた方が右京を名乗り、左が左京を名乗った。

 あまりにも想定外の光景に、リンを始めとした全員が声を出せない。それでも構わないのか、右京と左京は無表情のままで話を続けた。

 ――我らは種の守護。我らに認められれば、森の種を手に入れられる。

 ――銀の華のリン。お前は仲間と力を合わせ、我らを追い込んだ。その力を認め、種を授ける。

 二頭の言葉が終わると同時に、リンの手の中にある種が光りを放った。驚きゆっくりとリンが指を開くと、淡い光に包まれた銀色の種がふわりと宙に浮く。

「綺麗……」

 ほう、と晶穂の口から言葉が滑り落ちる。ふわふわと瞬きながら浮かぶ種は、やがてもう一度リンの手のひらに戻った。

 一連の変化が終わり、仲間たちがわらわらとリンの周りに集まって来る。リンは手のひらを覗き込んで来る年少組に見えるよう、少しだけ身を屈めた。

 守護獣たちもこれ以上手を出してくることはないらしい。それを認め、克臣はリンの肩越しに種を見下ろす。

「リン、その種は何処かに入れておかないと失くすぞ」

「確かに、そうですね。一応、一つ袋は持って来ているんですけど」

 そう言ってリンがポケットから取り出したのは、スマートフォンが一台入るくらいの大きさの巾着袋だ。藍色のそれは真新しい。

 種はヒマワリの種程の大きさのため、袋それ自体に問題はなさそうに思えた。

「じゃあ、そこに……」

 ――それよりも、うってつけのものをお前は身に着けている。

「は?」

 右京の声に振り返ると、守護獣は足音もなくリンに近付く。そして、彼が左手首に付けているバングルを鼻で押した。

「これ、か?」

 ――お主のそれには、邪を寄せ付けぬ聖なる力が宿っている。種は聖に属する力であるから、その腕輪に宿る力を補強してくれよう。

 ――種と聖なる力を身に着けていれば、お前の命を削る邪の力も衰えよう。

 口は動かしていないが口々に言う守護獣たちの言葉を聞き、リンは思わず晶穂の方を見た。すると晶穂もリンを同じタイミングで見て、二人して苦笑する。

 その様子を見ていた右京が、晶穂を見て首を傾げた。

 ――これを作ったのはお前か?

「は、はい」

 ――そうか。……創造神が気に入るのも頷ける。

「えっ?」

 わずかに口元を緩ませたように見えた右京は、晶穂の疑問形をスルーして再びリンを見た。

 ――その種を、腕輪の上にかざしてみよ。

「こうか? ……うわっ」

 リンがバングルの石の上に種をかざすと、石と種が共鳴するように瞬く。最初はゆっくりと、次第に激しく。

 その共鳴光の中、種は石へと吸い込まれた。

 吸い込まれてしまうと、バングルは元の姿を取り戻す。何事もなかったかのようにそこにあるバングルを見詰めてしまっていたリンは、ハッとして右京と左京に目をやった。

「中に入れた、のか?」

 ――簡単に言うとそういうことだ。

 ――これから集める九つも、そこに入れれば良かろう。……簡単な道程ではないだろうがな。

「簡単じゃないことは、わかりきってる」

 リンは軽く息を吸い込み、吐き出す。自分の身に刻まれ今も徐々に広がっている毒の脅威は消えないが、晶穂の力に種の力が加わったことでまた少し息をするのが楽になった。

 守護獣たちから視線を外すと、仲間たちがそれぞれの表情で自分を見ていた。リンは彼らと共にならば、どんな困難でも乗り越えられると信じている。

「だけど、やり遂げてみせるさ。……みんなと」

 ――その決意があれば、遂げられるだろう。

 ――我々は、この森から見守ろう。

 右京と左京は顔を見合わせると、頷いた。そして再びケーンと鳴くと、姿を景色に溶け込ませる。

「姿が!」

「……消えた」

 ユキと唯文が口々に言い、克臣が大きく息を吐いた。

「なんか、無茶苦茶緊張した」

「わかるよ、克臣さん。神々しかったっていうのかな?」

「……もしかしたら、神様に近い存在なのかもしれませんね」

 晶穂の予想にユーギが「そうかも」と同意した。

「めちゃくちゃ強かったし、普通の動物じゃなかったもんね!」

「……ビーム出された時はどうしようかと思った」

 軽い火傷のようになった腕をさすり、春直が肩を竦めた。彼の姿を見て、晶穂が眉を寄せる。

「春直、傷痛む?」

「いいえ。かすり傷程度です、晶穂さん。ありがとうございます」

「そっか、ならいいや」

 晶穂がほっと微笑み、それからリンの左腕に視線を移す。唯文をかばった切り傷の血は止まっているが、浅くはなさそうだ。

「リン、腕見せて」

「もう血は止まってる。だいじょう……」

「手当てくらいはさせて」

「……」

 真剣な晶穂の表情に白旗を揚げ、リンは大人しく手当てを受けることにした。

 晶穂はリンの長袖をまくろうとしたが、思い留まって上から治癒の力を使う。リンの腕には袖の切れ間から見ても、毒による痣が広がっていることがわかった。

(リン、これをさらされたくはないよね)

 毒を自分が取り除くことが出来たら。晶穂は自分に出来ないことを悔やみながら、そっとリンの傷を手で覆った。

「……少し休もう。この場所は清浄な気が流れているから、落ち着けるだろうし」

 リンの傷を落ち着かせた晶穂が安堵したタイミングで、ジェイスが呼び掛ける。それに皆同意し、それぞれ切り株や地面に腰を下ろした。

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