第553話 森の守護獣
「おらぁっ!」
気迫と共に獣を投げ飛ばした克臣は、次いで来る気配に反応して振り向く。目の前によく似たもう一体が迫り、反射的に大剣を振るおうとするが間に合わない。
「やあっ!」
ガキンッと組み合う音がすれば、唯文がすんでのところで受け止めていた。押し込まれそうになりながらも、何とか踏ん張る。
唖然とした克臣だが、それもコンマ数秒のこと。すぐに体勢を整え、唯文に加勢する。
唯文の和刀と克臣の大剣。二つの刃物に襲われた獣は、身の危険を感じたのか飛び退いた。その隙に、克臣は唯文と並ぶ。
「助かったぜ、唯文」
「二体いたってことですね」
「だなっ」
こちらの出方を伺う獣を正面に見据えながら、克臣はちらりともう一体の行方を追う。すると獣の唸り声が耳朶を打ち、更にジェイスの魔力の気配がする。
(あっちはあっちで任せるか)
幼馴染にもう一体を押し付けることに決め、克臣は唯文と、一人奮闘していたユーギを呼び寄せた。こちらはこの三人で倒す。
「リンに絶対近付けさせるな!」
「はい!」
「任せて!」
ユーギは何処で習ったのか、拳法に似た構えを取る。得物を持たずに戦うユーギは、相手の力を利用したり、誰かの補助に回ることも多い。
そして更に多いのが、水から敵に突っ込んでいくこと。
「でやぁぁっ!」
いの一番に獣へ向かって突進したユーギは、気付いて迎え撃とうと突撃して来た獣の目の前から消えた。驚き周囲を見る獣は、突如足払いを受けて転倒する。
「今だよ、克臣さんたち!」
「相変わらず無茶苦茶だな!」
獣が走り込んで来ると見るや、ユーギは体を低くして滑るように飛び退いていた。そして脇の草むらに潜み、獣の足を思い切り払ったのである。
「五十歩百歩ですよ」
「うるせーぞ、唯文」
そんな無茶苦茶な戦法を取るユーギに文句を言いつつ、克臣は唯文と共に枯葉に足を取られバタつく獣の角を斬り落とした。完全に倒せればよかったが、下手に飛び込めばこちらが蹴り殺されかねない。
――ギャウッ
獣は悲鳴を上げ、首を振った。不自然に軽くなった頭を上げ、鹿に似た獣は白かった瞳を内側から光らせ遠吠えをする。狼のそれに近い遠吠えを終えると、獅子に似た太い足で地面を蹴った。その先にいた唯文の喉がヒュッと鳴る。
「こいつまだ……っ」
「唯文兄っ」
ユーギが飛び出すが、間に合わない。切り口が鋭利な短刀と化した獣が頭を向けて突進し、唯文は咄嗟に刀を構える。
「――唯文!」
それは一瞬。視界がぶれ、唯文は地面に尻もちをついた。刃物で斬られる痛みを想定していたが、一向にそれはやって来ない。代わりに、腹の上に重みがある。
「痛た……。大丈夫か、唯文?」
「だ、団長!?」
どうやら、リンが唯文を押し倒して獣の追撃から救ったらしい。
目を丸くした唯文の上から立ち上がり、リンは冷や汗を浮かべた顔で微笑んだ。唯文に左手を差し伸べ、立ち上がるよう促す。
「間一髪って感じか。間に合って良かった」
「助かりました、だんちょ……っ! 団長、右腕!」
「バレたか」
苦笑したリンが意図的に背中に隠した右腕には、獣の角の切り口が付けた傷があった。かろうじて直撃は避けられたが、刃物で斬られたような赤い線ができている。そこから血が滴り、地面を覆う草を濡らした。
慌てて立ち上がった唯文は、リンの黒い長袖が破け、グローブまで濡らしている様を見て息を呑む。裂けた布の隙間から、広がる幾何学模様が見えた。
「おれをかばって……すみませ」
「俺が勝手にしたことだ。それに、今はそういう問答をしている時じゃないだろ?」凛とした声に顔を上げれば、唯文を襲おうとして失敗した獣が克臣とユーギによって動きを封じられていた。角を失ったことで力が削がれたのか、獣が怒気をはらんだ目でリンたちを見詰めている。
「ここから畳みかけるぞ」
「はい」
「ただし、殺すなよ? たぶん、守護を倒したらダメだ」
「――了解です」
リンには、銀の花の種との間に特別な繋がりがあるらしい。唯文はそれを信じ、敬愛する団長の言葉に頷いた。
「銀の華は、不殺が信条……ですよね!」
「そういうことだな」
唯文の言葉に微笑んだリンは、彼に続いて駆け出した。剣を握り、克臣たちを吹き飛ばして立ち上がった獣に向かって切っ先を向ける。
「俺の仲間を傷付ける奴は、許さない!」
――コオォォォォッ
リンの決意に応じるように、獣は空気を振動させるように咆えた。
同じ時、ジェイスたちもまたもう一頭の守護獣を相手に奮闘していた。
角を持つ鹿とも虎とも似ているようで似ていないそれは、ユキと春直を牽制するように頭を振る。灰色に近い黒の体毛を震わせ、真っ白な目には感情が宿らない。
「これが、守護獣」
――グォウ
そうだ、とでも言いたげに獣は唸る。そして一瞬の間に地を蹴り、最も近くにいた春直に突進した。
「春ッ」
「くっ」
春直は瞬時に操血術を展開し、爪を広げて防御態勢を取る。彼自身の倍以上の大きさに膨れ上がった幻想の爪は、だからといって現実に影響を及ぼさないわけではない。しっかりと獣の角を受け止め、跳ね返す。
獣を木の幹に叩きつけ、春直はほっと胸を撫で下ろす。そして、表情を改め決意を口にした。
「ぼくだって、護られてばかりじゃないんだ」
「ぼくも、春直に負けはしないよ!」
そう言うが早いか、ユキが陣を展開して魔力を行使する。巨大な氷柱を創り出し、獣目掛けて投げ飛ばした。
しかしそれは目標をわずかに上に外れ、獣がよりかかった木を倒してしまう。獣は飛び起き、土を前足で削って体勢を整えた。
「こっちも行こうか。あちらには負けられないからね」
くすりと笑ったジェイスは、森という行動の制限されるフィールドで動きやすいナイフを数本創り出した。彼の傍に、リンと共にいたはずの少女がやって来る。
「ジェイスさん、援護します」
「ありがとう、晶穂」
晶穂もまた、無茶を承知で戦いの場に立つ。それをいさめる資格は自分にはないな、と内心苦笑しつつ、ジェイスは年少者たちと共に新たな戦いに身を投じた。
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