第552話 守護の影

 リンの発言を受け、克臣が首を捻った。

「種の守護? 番人みたいなもんか?」

「俺も感覚的にしかわかりませんが、おそらくそういう存在かと」

「さっきのおじさんは襲っては来ないって言ってたけど……」

「種を守る存在なら、おれたちを敵と認識するかもしれませんね」

 ユキと唯文が言い合うのを聞き、リンは「可能性は十分にある」と肯定した。種を守る存在ならば、種を奪おうとするリンたちは敵だと認識するだろう。

 あと十数歩行けば森との境界線に立つことになるが、ジェイスの提案で隊列が組まれる。

 克臣とユーギ、唯文が先頭、春直、リンと晶穂、ユキ、そして殿を務めるのがジェイスという並び方だ。

「克臣なら、相手が先手を打って来ても対応出来る。ユーギと唯文はその援護を」

「うん」

「はい」

「春直はリンと晶穂を助けてやって。それから、ユキは緊急時にわたしを援護してくれるかい?」

「わかりました!」

「任せて!」

 ユーギと唯文、そして春直とユキがそれぞれの役割を理解して頷く。克臣は最初から愛用の大剣を取り出し、いつでも飛び出せる準備をしている。

「何が出て来るか全くわからないからな。全員、気は抜くなよ」

 克臣の言葉に頷くリンは、幾分か痛みが落ち着きほっと胸を撫で下ろす。旅を始めてから数日経つが、わずかずつ気持ちが楽になっているのは、おそらく晶穂のバングルのお蔭だろう。

 取り出した剣を握るが、魔力量は満足に回復していない。リンは肩を竦め、前を歩く春直に話しかけた。

「ごめんな、春直。俺ももっと動ければ良いんだけど」

「謝らないで下さい、団長。ぼくにもたまには恩返し、させて欲しいです」

「春直……。ありがとう」

「はいっ」

 ひょこんと春直の耳が動き、頼もしい背中をこちらに向ける。少年の止まらぬ成長を眺め、リンは思いを新たにした。

(頼れるところは頼ろう。でも、譲れないところは譲らない)

 冷や汗が背を伝うが、それも以前に比べれば格段にマシになっている。それが晶穂の力のお蔭であることに感謝しつつ、リンは自分の手に触れそうで触れない彼女の手を感じた。

「晶穂もありがとな」

「ど、どうしたの? 突然」

「このバングルのお蔭で、無理しなければ充分に動ける。それでもみんなに頼ることが多いけど……」

「けど?」

「……」

 きょとんと目を瞬かせる晶穂にくすっと笑いかけ、リンは彼女の遠慮がちな手首を掴んだ。すると晶穂の顔がみるみる赤くなり、手も熱を発する。

「り、リン!?」

「ほら、みんなに置いて行かれる」

 いつの間にか、殿を務めると言ったジェイスまでもが先を行っていた。森の入口で二人を待っている。

 ぐいっと晶穂の手を引きながら、リンは一人心に誓う。

(頼るが、晶穂は俺が必ず護る)

 最愛の人の存在を左手に感じながら、リンは仲間たちと合流した。

「すみません。お待たせしました」

「ふふっ。じゃあ行こうか」

 意味ありげにジェイスが微笑み、号令をかけた。

 以前晶穂がシンに呼ばれて迷い込んだ時とは違い、更に道なき道を歩く。探すべきは神殿ではなく、小さな祠だ。

 森の中は人の通る道の他、獣道が存在する。一行の先頭を行く克臣は、幾重にも重なった蔦や枝を切り拓きつつ進む。

「前回も思ったけど、鬱蒼とした森だよな。獣の気配はするが、あの男性が言っていたような怪物の姿は……今は見えないな」

「そうだね。あ、梟かなアレ」

 ユーギが指差した木のうろには、確かに眠る茶色の梟がいる。それ以外にも小鳥の影や獣の気配が周囲にはあり、特に異常さは感じられない。

 しばらく進むが、特に変わった様子はない。

 その時、リンがハッと顔を上げた。感覚を出来るだけ研ぎ澄ませ、誘うような気配を辿る。その方向を確かめ、リンは前を行く克臣に声をかけた。

「……克臣さん、多分こっちです」

「そっち? 向かって右、か。わかった」

 克臣はリンの言葉に異を唱えることなく、素直に右へと進路を変更する。そちらはより森らしい景色が広がり、深い森が続いていた。

「進みにくいな……。みんな、足下と頭上には気をつけろよ」

「わかりました」

 唯文が応じ、彼に続いてユーギと春直も進む。彼らについて行く形で進もうとするリンに遅れまいと速足になった晶穂は、「ねえ」と話しかけた。

「リン、種の気配を感じたの?」

「確信はないけど、そうだと思う。呼ばれている気がした。この森の奥に……」

 ふと、リンの言葉が途切れる。彼の視線が固定されているのを見て、晶穂もそちらに目を移す。そして、思わず「あっ」と声を漏らした。

「見て下さい! あそこを」

 晶穂の警告を耳にし、全員が進行方向を見た。十本ほどの木の向こうに、見たこともないような四つ足の獣が佇んでいる。

 鹿のような大きく枝分かれした角を二本頭に乗せ、爛々と白く輝く双眸が印象的だ。見た目は角のこともあって鹿に見えるが、足の太さは虎にも近い。

「何ですか、あれ……?」

 唯文の背にくっつくようにして、春直が誰とはなしに呟く。しかしその言葉は、その場にいる全員の思いを代弁するものだった。

「さっきの人の証言通りなら、ここで警戒する必要もないんだろうけど」

 殿を務めていたジェイスの手に、彼愛用の魔力によって創られたナイフが数本現れる。その姿を見て、春直たち年少組も警戒態勢に入った。

「……あの感じ、こっちに敵意を向けているのは明らかだよな?」

 克臣が大剣の切っ先を灰色の毛並みの何かに向ける。その剣先で、獣は立派な角をリンたちに向けて今にも走り出しそうだ。

「やるしかなさそうです」

 ――ギャオオォォォッ

 リンが言うのとほぼ同時に、獣が唸り声を上げて突進して来た。こうなれば、先へ行くためにすべきことは一つしかない。

「――倒す」

 木の間を器用に進む獣は、近付く間に巨大化したのかと思う程に大きい。体長は三メートルを超え、四つ足の状態の高さも二メートルは下らないように見えた。

 しかし、そんなことは銀の華を怯ませる材料にはなり得ない。リンの短い決意は瞬時に仲間たちに伝染し、まず突き付けられた角を克臣が受け止め、力づくで弾き返した。

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