第550話 導き

 ――何かが、呼んでいる?

 リンが重い瞼を上げると、そこは見たことのない景色が広がっていた。景色自体は、この世界に何処にでもありそうな森の中。小川が流れ、鬱蒼とした木々に覆われた仄暗い場所だ。

 周りを見渡しても、生き物の気配はない。更に、何者の声も聞こえない。

「また夢の中、か」

 リンは軽く息を吐き出すと、ざくりと一歩踏み出した。足元には落ち葉が敷き詰められ、絨毯のようになっている。

 ざくざくと落ち葉を踏み締めて歩いて行くが、それに目的地があるわけではない。ただなんとなく、こちらに進むべきだという感覚があるだけだ。

(一体、何が呼んでいるんだ……?)

 内心首を横に捻りながら、リンの足は止まらない。迷うことなく、ひたすらに進む。やがて森は深まり、日の光はほとんど届かなくなっていく。

 暗くなっても歩き続けられたのは、進む先に小さな光を見たからだ。淡く、儚く、それでいて確固たる意図を持っているような白い光。

「……祠?」

 森の中、少し開けた場所に出る。そしてその奥に、苔生した古い祠が設けられていた。既に守る者もいなくなったであろうその祠の扉の中で、光が瞬く。

 リンが木製の扉に触れると、それはいとも容易くひらいた。息を呑み、手を差し入れる。

「これは、種?」

 陶器で作られた器の中に、白く光り輝く種が一つ入っている。ひまわりの種に似た形状のそれは、リンが指で触れると光を失った。

 そっと取り出し、しげしげと眺める。ひまわりの種のような縦の模様はなく、真っ白だ。

「これがもしかして、銀の花の種か?」

 リンの呟きを肯定するかのように、種は突然眩しい程の光を放った。

「うわっ!?」

 思わず目を閉じたリンは、そのまま夢の世界から追い出される感覚に陥る。つまり、目覚めの時が来たのだと悟った。




 リンが目を覚ますと、すぐ傍で誰かが身じろぎを擦る気配があった。目覚めたばかりでぼんやりとしたまま、寝返りを打ってその人物を確かめる。

 その人はリンの寝ているベッドの横に立ち、丁度湯気のたつ何かを持って来たところのようだ。リンはそっと声を掛ける。

「……ジェイス、さん?」

「おはよう、リン。自然に目が覚めたのかな?」

 椅子を引き寄せたジェイスは、おかゆを乗せたお盆を膝に置く。そして、汗ばんだ弟分の額をタオルで拭った。

 ジェイスの厚意に礼を言い、リンはゆっくりと言葉を発する。

「夢を、見ました。たぶん、あれは花の種が呼んでる夢です」

「……こちらもそれについての収穫は少しあってね。まずは、リンの夢について教えてくれるかい?」

「はい」

 ジェイスと話すことで目を覚ましたリンは、上半身を起こして背中を壁に預けた。歪な痛みを腕から感じるが、話せない程ではない。軽く息を吸い、吐き出してから夢の話をした。

 夢の中で、深い森の中にいたこと。何かに導かれるままに進んだ先で、祠を見付けたこと。そしてその祠の中に、真っ白な種を見付けたこと。

「確信はありませんが、銀の花の種だろうと思います。あの森さえ見付けられれば、導かれる気がします」

「……種がリンを導く、か」

「え?」

 首を傾げるリンの頭を撫で、ジェイスは克臣たちと手分けして集めた情報を頭の中で整理した。

「今度は、わたしたちが仕入れたことを話そうか。リン、お腹は空いたかい?」

「え? ……そういえば、少し」

 意識がはっきりしたことで、空腹を感じるようになっていた。リンはジェイスからおかゆと匙を受け取る。

「なら、これを食べながら聞いてくれれば良い。良い具合に冷めているから」

「ありがとうございます。いただきます」

 シンプルな薄味のおかゆを食べるリンをほっとした気持ちで見詰め、ジェイスは整理した事柄を順に話して聞かせた。ノイリシア王国のエルハとサラに協力を仰いだこと。そして、レオラがリンの夢に繋がるヒントをくれたことを。

「……だから、リンが夢に見たのは間違いなく花の種からの合図みたいなものだと思う。まずはその森を探せ、ということだろうね」

「エルハさんとサラ、元気そうでしたか? 最近、向こうと連絡を取る暇がありませんでしたから」

「元気そうだったよ。とはいえ、サラと話したのは克臣たちだけどね」

 リンと晶穂のことを案じていたらしいよ、とジェイスは克臣から仕入れたことをリンに伝えてやる。するとリンは、目を伏せてから苦笑いを浮かべた。

「あの人たちにも、いつも心配かけてばかりですね」

「離れているからこそ、案じてくれるんだよ。ありがとうと思っておけば良いさ」

「……はい」

 殊勝に頷くリンは、ふと窓の外を見た。薄いカーテンの隙間から日の光が部屋の中に注ぎ込まれ、今が昼間であることを伝えてくれる。

「ジェイスさん。俺はどのくらい寝ていましたか?」

「ざっと一日半、かな。もうすぐ正午だ。……慌てるな、と言う方が酷だね」

 今にも飛び出して行きそうなリンを見て、ジェイスはそう結論付けた。いつの間にか、渡していたおかゆは空になっている。

「わたしがこの部屋に来る前、ユキが晶穂も目覚めたと教えてくれたよ。それで、行くあてはあるのかな?」

 晶穂が目覚めたと聞いた途端、目に見えてリンは安堵した。まさか自分がそれ程わかりやすい反応を示しているとは気付かないまま、頭を切り替えたリンがジェイスの問いに頷く。

「はい。ジェイスさん、食堂にみんなを集めて下さい」

「わかった」

 ジェイスが去ると、リンはそっと床に足をつけた。二日以上ぶりに立ち上がり、体の感覚を呼び戻す。そして、腕の痣が隠れるように長袖で首元も隠れる服を選んだ。黒いグローブもつけ、部屋の戸を開ける。

「――必ず、やり遂げる。負けるわけにはいかない」

 その時、リンの覚悟を嘲笑うかのように腕の痣が強い痛みを発した。思わず呻き声が漏れるが、それでも足は止まらない。

 絶対に負けない。リンの強い思いがそうさせていた。

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