第549話 手掛かり

 リンの部屋を出たジェイスたちは、まず二手に別れた。一方は水鏡を通じて神庭と連絡を取り、もう一方はノイリシア王国と連絡を取るために。

 前者を引き受けたジェイスとユーギ、唯文は、早速水鏡を神庭に繋げた。すると間もなく、少女の姿が現れる。

「久し振り、ユーギ! 皆さんも!」

「甘音!」

 大人の背丈ほどある鏡に映し出されたのは、紺色のボブヘアを揺らし利発そうな水色の瞳をした甘音の姿だった。彼女は飛び跳ねそうな勢いで鏡の前に立つと、こちら側へ手を振る。

「久し振りだね、甘音。元気にしているかい?」

「はい、ジェイスさん。覚えることがたくさんあるけど、クロザお兄さんたちもいるし、楽しくやってます」

「それはよかった」

 クロザたち古来種は、神庭にて甘音の世話役をしている。彼らはと問うと、甘音は用事があって出掛けていると応じた。

 簡単な世間話をしていると、甘音がふと真剣な顔をする。

「……お話は、花の種のことですか?」

「流石、姫神。こちらのことも知っていたか」

「レオラ様たちから聞いていますし、自分でも見ましたから。……リンお兄さんや晶穂お姉さんは、どうしていますか?」

「二人共本調子ではないけど、大丈夫。よく眠っているよ」

「よかった……」

 ほっと胸を撫で下ろしたらしい甘音は、ジェイスに続きを促した。

「わたしに話せることだったら、お話します」

「ありがとう、甘音。……きみは、銀の花の種がこの世界の何処にあるのかを知っているかな?」

「……」

 ジェイスの言葉を聞き、甘音はすぐに目を伏せた。

「――ごめんなさい。それは、わからないんです。きっと、神様たちしか知らない」

「そうか。レオラが教えてくれるとも思えないし、自力で探すしかないってことだね」

「お役に立てなくてごめんなさい」

「甘音が謝らなくて良いよ」

 ユーギが肩を震わせる少女を励まし、顔を上げるように言う。甘音はすまなそうにしながら顔を上げ、うーんと考える仕草を見せた。そして、ハッと目を見開く。

「手掛かりだけなら、聞いたことがあります」

「本当か!」

「はい」

「どんな小さなことでも良い。教えてくれると助かるんだけど……」

 頷く甘音は、目を閉じた。姫神としての勉強をしていた時、その記述を見付けたという。

「……『銀色の花の種は、全部で十。あるものは祀られ、あるものは隠され、あるものは埋められ、その時が来るのを待っている。』という一節がありました」

「祀られ、隠され、埋められているか。各地の伝説や言い伝えを手掛かりにするしかなさそうだな」

「ジェイスさん、集めるのにどれくらいの時間がかかるかな?」

 春直が問うと、ジェイスは眉を潜めた。種は十個あり、それらが具体的に何処にあるのかはわからない。しかし、悠長に構えていられないのも事実だ。

「リンの状況を思えば、長い時間はかけたくない。ただ、これ以上の手掛かりがないとなると……」

「――手掛かりは、リン自身が示すだろうさ」

 突然聞こえた声に、ジェイスたち五人は驚き振り返る。すると、鏡の向こうに甘音の肩に手を置いたレオラが立っていた。

「レオラ!」

「団長自身がってどういうことだよ!?」

 口々に言い募る年少組に、レオラは肩を竦めて答える。少し不満そうなのは、彼らの神である自分への態度が気安過ぎるせいだろう。

「言った通りの意味だ。銀の華と銀の花、二つはどういうわけか引き合うらしい。もしくは、あいつの中の呪いが過敏に反応するのか。どちらにしろ、リンが種に近付けば、自ずと分かろう」

「その言葉、信じるぞ」

「ああ」

 眼光鋭い唯文の目に、レオラは冷静な目で応じた。

「どれだけ困難であろうと、あいつが種を手にしなければ意味がない。それを肝に銘じ、探し求めることだな」

「……承知した。必ず、リンから毒を取り除く。そして、花畑も復活させよう」

 ジェイスとレオラの視線がぶつかり、先にレオラがそれを逸らす。

「頼んだ」

 ブツッと音をたて、通信が途切れる。ジェイスたちは種の手掛かりを得たことに安堵しつつも、タイムリミットの短さを感じていた。


 一方、克臣と春直、ユキはノイリシア王国に連絡を取っていた。その国では、銀の華のもとメンバーであるサラとエルハが暮らしている。

 エルハはノイリシア王国の王族に連なる身分を持ちながら、とある理由で銀の華に所属していた。しかし今、彼は兄であるイリスの秘書として故郷に身を置いている。

 もう一つ置かれている水鏡を繋げると、すぐにサラが応答した。

「お久し振りです、克臣さん! それから、春直とユキも!」

「元気そうだな、サラ。エルハは?」

「あの人は、イリス殿下のところに。毎日忙しそうにしていますよ」

 手が空いていたのか、サラは水鏡の前に椅子を置いて腰を下ろした。時間は大丈夫なのかと問うと、今は休憩時間だと笑う。

「あたしのことより、何かあったんですか? ソディリスラで魔種が暴れていたっていう知らせは訊いていますけど、それと関係が?」

「流石エルハ。そういう情報は仕入れていたか。……関係はあるが、俺たちにとってはもっと深刻なことだ。サラ、後でエルハの耳にも入れておいてくれるか? あいつの知恵も借りたい」

「……わかりました。話して下さい」

 いつもならば茶化しの一つも言いそうな克臣が、真剣な顔で話をする。それだけで、サラはことの重大さを察した。それくらいの付き合いの長さはある。

 克臣は春直とユキの協力も得ながら、リンが陥った状況と銀の花畑の現状を手身近に話した。より詳しい話が必要なら、エルハも交えて話すと付け加えて。

「そんなことが……」

「全員命に別状はないが、厳しい状況っていうのに変わりはない」

「晶穂は、まだ目覚めないんですか?」

 サラは、親友のことを案じた。それに対し、春直が応じる。

「晶穂さん、一度目を覚ましたんです。もう一度眠ってしまいましたが、真希さんが休めば大丈夫だろうって」

「そう……よかった。でも晶穂は、リン団長のことを知ったら辛いだろうな」

 ほっと肩の力を抜き、それからすぐに目を伏せる。しかしサラは三人を真っ直ぐに見据え、頷いた。

「すぐにエルハに伝えます。そして、あたしも王国の書物を調べてみますね!」

「ありがとう。頼むよ」

「はい!」

 バイバイ。手を振って、サラとの通信が途切れる。ただのガラスになった鏡に触れ、克臣は呟く。

「これで、出来ることは一つ終えたな」

「はい。ぼくらも、改めて調べてみましょう」

「その前に、ジェイスさんたちと合流しなきゃ」

「だな。行こうぜ」

 三人は身を翻し、ジェイスたちと話し合うために食堂へと歩いて行った。

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