第548話 甘え下手
咳き込んでいたリンは、自分の周囲がにわかに騒がしくなったことに気付く。わずかに涙目になり顔を上げると、ジェイスや克臣たちが自分を見下ろしていた。
「ど、どうしたんですか?」
「リン、その花の種探しをすればいいんだよな?」
「簡単に言えばそうですけど、でも……」
「だったら、みんなで探してみせようぜ。ノイリシア王国のエルハやサラもきっと手伝ってくれるだろうさ」
「後で、神庭にも連絡してみるよ。甘音、絶対手を貸してくれると思うし!」
わいわいと当事者を放置して話が進む。リンは頭を抱えたくなるのを我慢して、傍に居た克臣の服を思い切り引いた。そうでもしなければ、誰もリンの話を聞こうとはしない。
案の定、克臣は急に引っ張られて仰向けに倒れ込みかけた。
「うおっ!?」
「待って下さいってば!」
叫ぶと同時に、リンはぐらりと世界が回る感覚に襲われた。それが眩暈だと理解したのは、克臣とユキに支えられて気を取り直してからのこと。
「……っ」
「悪かったよ、リン。お前を苦しめるそれを何とかしたくて、ここ数日図書館にも通ったんだが、良い記録がなくてな」
「図書館にも行って下さったんですか? ありがとうございます」
「結局、何も見付けられなかったけどな。……だからこそ、糸口が見付かって嬉しかったんだ」
素直に謝罪する克臣に、リンは首を横に振って応じた。リンとて、大切な仲間が暗く沈んでいる様子など見たくない。しかし、これはリン自身が決めたことでもあった。
「――俺が行きます。花の種を集めるために」
「え? でも兄さん、そんな体で……?」
「元々、種を集めるのは願いを叶えたい本人でないと駄目だとレオラが言っていたんだ。だから、俺が行かないと意味がない」
レオラは言った。種を集める役割を担うのは、花に願いを聞き届けてもらうことを願う者でなければならない。その理由は、種の段階から花には『意識』に似たものがある。それに認められなければ、仮に種を集め切ったとしても花は咲かない。
「だから、俺が行かなくちゃいけないんです。解毒方法を知りたいのは、他でもない俺だから」
「……」
顔色が悪いまま、リンは支えてくれているユキの頭を撫でた。柔らかな弟の髪の質感に安堵を覚え、泣きそうに歪む彼の目元を拭う。
「そんな顔するなよ、ユキ。願いを叶えるためには、何かしらの対価が必要だ。わかり切ったことだろう?」
「そうかもしれないけど……」
ユキはそれ以上何も言えず、口を閉じる。
リンは「ごめんな」と呟き、ベッドを下りようとした。着ている服は泥だらけの血まみれで、破れている。着替えて、直ぐに発たなければ時間がない。
毒はリンの体を順調に蝕み、喰らい尽くそうとしているのだから。
その一心床に足をつけようとしたその時、克臣が一言呟いた。
「……いや、違うだろ」
「克臣さん? 何を……」
「リン、これは大事なことだ。よく聞けよ?」
ベッドの端から立ち上がり、克臣はリンの行く手を遮るように立った。そして目を合わせるために屈み、弟分の肩に手を置く。
「確かに、種を集めるのはお前自身でないといけないのかもしれない。——だが、それに俺たちが同行してはいけないという理由にはならないんじゃないか?」
「それ、は」
反論に窮するリンに、ジェイスが小さく笑って畳みかける。
「確かにその通りだね。珍しく気が付くじゃないか、克臣」
「珍しくは余計だ、ジェイス」
不貞腐れる親友に対し、ジェイスは軽い調子で「ごめん」と謝った。それから克臣と場所を代わり、硬直するリンの前に膝をつく。
「責任感が強いのは、きみの長所だよ。だけど、時々仲間に頼ることを忘れるのは、リンの悪い癖だ」
「……」
「リンが自分一人で行くことを決めたとしても、わたしたちが同行するかどうかを決めるのはきみじゃない。わたしたちだよ。その選択肢を奪う権利は、きみにはない」
一見すれば厳しく聞こえる言葉。しかしリンにとって、ジェイスの寂しそうな瞳の方が辛かった。
「ジェイスさ……」
「全く。痛いのなら痛いと言えば良い。辛いのなら辛い、とね。そういうところが、まだまだ目が離せない」
「――っ。強がりすら許されないとは、俺もまだまだですね」
青よりも白の勝る顔色をして、リンの呼吸が荒くなっていく。足に力が入らなくなり、ズルズルと崩れ落ちる。それをジェイスに支えられ、リンは苦笑いを浮かべるしかない。
「目覚めてすぐに発てば、大丈夫だと思ったんですけど」
「そんなの、全然大丈夫なわけがないだろう? 花の種を探すにしても、もう少し体力が戻らないと」
「……すみません」
ジェイスに抱き上げられ、リンは再びベッドに寝かせられた。己が不甲斐なく、リンの口からは謝罪の言葉が漏れる。
しかし、そんな彼に年少組は容赦ない。まず身を乗り出したのは、実弟のユキだった。眉間にしわを寄せ、抗議の声を上げる。
「兄さん。あんまり自分勝手にすると、ぼくも怒るからね?」
「ぼくだって! 団長は甘えるの下手過ぎ」
「これまでだって、みんなで力を合わせてきたじゃないですか?」
「団長。おれたちのこと、もっと頼って下さい」
ユキに続き、ユーギと春直、唯文が口々に言う。
年少組の訴えを呆然と聞いていたリンは、発するべき言葉に迷った。迷いに迷った挙句、ようやく口を開く。
「……ありがとう、みんな」
「そうと決まれば、リンは先ず寝ろ。次に目覚めたら、出発すると思っとけよ。……ほら、お前ら行くぞ」
克臣がビシリと指を差し、年少組たちを撤退させる。彼について年少組も去り、ジェイスも「ゆっくり休むんだよ」と手を振って戸を閉めた。
「……」
しん、と静まり返った部屋の中、リンは枕に頭を預けたまま手の甲を目の上に置いた。そうしなければ、何かが溢れてしまいそうだったから。
「頼る、か……」
ドクン、と身を蝕む毒が焼けつくような痛みを発する。不定期にやって来るそれに耐えながら、リンは浅い眠りへと身を沈めた。
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