解呪の対価

第547話 解毒条件

 目を閉じていると、見たくないものが見えて来る。しかし、目を開けられるほどに体が回復しているわけではない。体と心は休眠を欲し、ジスターは半分夢を見ているような状況でぼんやりと考えていた。

(オレは今、何処にいるんだ?)

 何となく、何かに乗せられて移動したことはわかっている。しかし乗せられたのがシンという竜の背中であり、リドアスという銀の華の拠点に寝ているという事実を、この時ジスターは知らない。

 背中を包むのは、柔らかな何か。その温かさに身を委ね、もう一度深い眠りに入ろうとする。

 しかし、それを妨げる亡霊がいた。

 ――どうして、お前が生きている? どうして、私が消されなければならないのだ!?

 ――お前が裏切ったんだ、ジスター。

(兄貴……っ)

 慟哭のようなイザードの声。それが幻だとわかっていても尚、ジスターは塞ぎたい耳を塞げずにいた。


 晶穂が目を覚ましたのは、翌日の午後だった。丁度飲み水を入れに来た真希に日付を聞き、目を丸くする。

「う……真希、さん?」

「目が覚めたのね、よかった。昨日からずっと目覚めなかったから、心配してたのよ……」

「昨日、なんですか? 今何時……」

「午後二時を回ったくらい。お腹空いた? 何か食べる?」

「いえ、大丈夫です。まだ本調子じゃないのか、お腹もすいてなくて」

「わかった。食べたくなったら食堂に来て? 年少組は今朝ご飯を食べて、今はそれぞれ体を休めてるはず。克臣くんとジェイスくんも午前中には起きてきたよ」

「じゃあ、リンとジスターは……?」

 揺れた晶穂の問いに、真希は迷う素振りを見せた。そんな真希の素振りを見て、晶穂は察してしまう。

「もしかして、まだ……?」

「ええ。二人共、まだ目覚める様子がないの。——あっ、晶穂ちゃん!?」

「わたし、行かないと……」

 真希の目の前で、晶穂がベッドから起き上がろうとした。青い顔をしてそれでも立ち上がろうとする彼女を支え、真希は慌てる。

「行かないとって……そんな体でまだ動いたら駄目!」

「だけど! ……だけど」

 晶穂の声が徐々に小さくなるのは、きっと真希の目の力のせいだけではない。晶穂自身、自分の気力も体力も万全ではないとわかっている。それでも、と願ってしまう自分は傲慢なのかもしれないと晶穂は思った。

「だけど……っ」

 支える自分の袖にしわを作るほど握り締める晶穂の肩を、真希はとんとんと叩いた。

「貴女のしたいことはわかるよ、晶穂ちゃん。きっと、二人を癒せる力を持つのは貴女しかいないから。でもね、貴女のことも、二人と同じくらい大切なの。今は三人共、ゆっくり休んでたくさん食べて?」

「……はい」

「わかってくれれば良し」

 幼い子にするように晶穂の頭を撫でた真希は、彼女をもう一度ベッドに横にならせた。晶穂はそれ以上駄々をこねることもなく、素直に「ありがとうございます」と微笑んで目を閉じる。

 すぐに寝息が聞こえ始め、ほっとした真希は晶穂の部屋の戸を閉めた。すると近付いて来たのは、晶穂を心配している一人の春直だ。

「春直くん、どうしたの?」

「いえ……あの、晶穂さんの様子はどうですか?」

「さっき一度目を覚ましたよ。すぐに動こうとするから寝かせたけど、次に目覚めたらもう大丈夫だと思う」

「そう、なんですね。よかったです……」

 心から安堵した顔をして、春直は微笑んだ。

「ジスターさんはまだ目を覚まさないんですけど、リン団長が目を覚まして。ぼくらに言わなきゃいけないことがあるって」

「リンくんも本調子ではないでしょうに……。急ぎなのかしら?」

 真希が首をひねると、春直も軽く首を横に振った。

「わかりませんけど。だからぼく、ユキたちと行ってきます」

「わかった。晶穂ちゃんとジスターくんのことは任せて」

「ありがとうございます!」

 ぺこりと頭を下げた春直は、踵を返して走って行く。その振り返る一瞬に見せた表情は、もうただの少年のものではない。

「わたしも、出来ることをしなくちゃ」

 ジスターのもとには一香が行っているはずだ。それを思いながら、真希は晶穂の汗を拭いたタオルを洗濯機に入れるために歩き出した。



 春直が目的地に近付くと、ユーギが彼に気付いて片手を挙げた。

「春直!」

「ごめんね、遅くなった」

 パタパタと近付いた春直の前に立っていたのは、ジェイスと克臣、ユキ、ユーギ、唯文だ。

 ハーハーと息を切らせる春直に、唯文が苦笑する。

「大丈夫だよ、春直。おれたちだって、団長が目覚めたって聞いたから集まっただけたし」

「まあ、何か言いたそうだったから集めたわけだがな」

 克臣が言い、リンの部屋の戸をトントンと叩く。中からリンの声がして、入室が許可された。

 どっかとベッドの端に腰掛けた克臣が、半身振り返ってリンに尋ねる。

「それで? 言いたいことがあるっていってたよな、リン」

「それはそうなんですけど……。あの、晶穂とジスターは」

「二人はまだ眠ってるよ。だから、リンから話しにくいことなら、わたしたちが伝える。安心してくれて良い」

「あっ。さっき晶穂さんは一時的に目覚めたって真希さんから聞きました!」

 思わず手を挙げて報告する春直にちょっと驚き、リンは「そっか」と呟く。

「よかった……」

「きみたち二人の……特にリンの無茶に関しては、二人の体調が落ち着いたら時間を取って話そうか。今は、それ以外に話すべきことがあるんだろう?」

 暗に説教は先延ばしになっただけだと釘を刺され、リンは肩を竦める。そして、軽く目を閉じてから夢を見たのだと口にした。

「夢?」

「そうだ、ユキ。久し振りにレオラと夢で会って、解毒方法について教わったんだ」

「じゃあ、兄さんのそれを消すことが出来るんだね!?」

 パッと目を輝かせるユキに、ジェイスは苦笑いを示した。

「にしては、リンの表情が晴れないけど?」

「解毒には、銀の花の力が必要だと言われました。あの花は、のだとか」

 その条件を満たせば、リンを蝕む毒は消える。しかし、現在花畑はない。

「その条件について、訊いても良いか? それから、銀の花畑は吹き飛ばされて失われた。それでも可能な条件なんだろうな?」

 思わず尋問のようになってしまった克臣は「悪い」と言って身を引く。リンは首を横に振り、気にしていないことを示した。

「俺も言いましたよ。銀の花畑はもうないのに、どうすればいいのかって。そうしたら、レオラは『種を集めろ』と言ったんです」

「種? 銀の花のですか?」

 唯文が問い、リンは頷く。

「この世界には、銀の花畑が消えた時のために種が幾つか存在するらしい。それを全て集め、元の場所に花畑を復活させることが第一条件」

「第二条件があるの?」

 眉間にしわを寄せるユーギに、リンは「そうなんだ」と空笑いを浮かべた。

「第二は、芽吹かせ花開かせること。その二つが叶えば、銀の花は願いを……解毒を叶えてくれるとあいつは言ったんです」

 一気に喋ったためか、リンは思い切り咳き込んだ。彼の背をさすり、ユキがちらりと仲間たちを見た。そこには、困惑を通り越して頷き合う光景が見られた。

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