第546話 休息

 シンが下り立ったのは、リドアスの玄関先。目覚めず眠り続ける三人のうち、リンはジェイスが抱え、ジスターは克臣が担ぐように運ぶ。晶穂は一先ず年少組とシンに様子を見てもらうことにして、ジェイスと克臣が先に館の中に足を踏み入れた。

「ただいま」

「ただいま、帰りました。……おや、誰もいないようだね」

 戸を開け、玄関ホールをぐるりと見渡す。普段ならば誰かが顔を出すものだが、留守にしているのだろうか。

「ここに来るまでに、アラストの町は見れたが……。それ程混乱しているようには見えなかったよな?」

 ジスターを客間のベッドに運ぼうとする克臣が言うと、ジェイスも頷いて見せた。二人はリドアスに戻る途中、眼下の眼下の状況を眺めていたのだ。

「イザードが消えたことで、魔種たちを縛る鎖は消えた。だから、落ち着いて見えたのかもしれないな。もう、操られることはない。テッカさんたちがその辺りの救出や手伝いに行っている可能性は高いな」

「その可能性が一番高そうだ。……ジェイス、俺はこいつをこっちの部屋に寝かせとくから、リンを頼む。こいつ寝かせたら、晶穂も連れてく」

「了解」

 二人はそれぞれの目的を果たすために一度別れた。

 克臣が入ったのは、滅多に使われない客間の一つ。それでも掃除だけは行き届いており、埃っぽさを感じない。

「さて。よっと」

 ジスターをベッドに寝かせ、掛け布団をかけてやる。少々雑に扱ってしまったが、目覚める様子はない。

(……そういや、こいつ幾つだ? 少なくとも、俺やジェイスよりは下かな。リンと同じくらいか)

 寝汗をかいた額を部屋に置いてあったタオルで拭ってやり、克臣はそのまま部屋を出た。色々としてやりたいが、先に晶穂を部屋に入れてやらねばならない。

 すべきことを考えながら廊下を歩いていた克臣は、後ろからの足音に思わず足を止めた。そして、トスッという軽い衝撃を受け止める。

「お帰りなさい、克臣くん」

「……真希。ただいま」

 真希が後ろから回した手に自分のそれを重ね、克臣の顔に苦笑がにじむ。

「なんか、小っ恥ずかしいな」

「誰も見てないから、大丈夫。それに、時には甘えさせてくれてもいいんじゃない?」

 こっちも頑張ったんだよ? そんなことを真希から言われてしまえば、克臣も反論は出来ない。帰り道で、シンがリドアスに残ったメンバーの活躍について語ってくれたのだから。

 真希に魔力を始めとした戦闘力はない。

「でも、メンバーや町の人の傷の手当をしてくれたってシンに聞いた。……明人の世話もあるのに、ありがとな」

「そういう素直なところは、昔から変わらないね。明人のことは色んな人が助けてくれるし、傷の手当のことも出来ることをしただけだから」

「その『出来ること』ってのが、俺たちを鼓舞してくれた」

 ジスターが伝えてくれ、シンがそれに肉付けした。離れていても共にいるのだ、そう感じることは強さの糧になる。

 克臣はしばし真希の体温を感じていたが、自分のすべきことを思い出して彼女に向き直る。

「真希、晶穂のことを頼まれてくれないか? 部屋までは運ぶから、男よりも同性の方が良いだろ」

「そう言うと思った。ここに来る途中、ジェイスくんにも頼まれたから。それから、リンくんとジスターくんだっけ? その子たちのことも留守番組に任せて?」

「え、でも……」

 戸惑う夫に、真希は肩を竦めて見せた。

「気付いてないのかもしれないけど、貴方たちも疲労困憊で怪我だらけに見えるの。ジェイスくんにも言ったけど、まずは体を休めて。全てはそれからよ」

「……わかった。頼む」

 そこまで言われてしまえば、克臣は二の句もつげない。おそらく、ジェイスも同じだったことだろう。

 克臣が折れると、真希はほっとした顔で笑みを浮かべた。

「勿論」

 真希は克臣が晶穂を彼女の部屋に運び入れるのを見届けると、夫を風呂へと追い立てた。それから厨房係の女性たちと共に、食事作りに励む。

(とはいえ、起きてくる子が何人いるかしらね?)

 翌日分にもなるように料理を仕込み、ボロボロになったリンたちの衣服を取り換える。日本にいた頃には考えもしなかった怒涛の生活だが、真希はここの暮らしを心から気に入っていた。


 克臣が風呂に入ると、先客がいた。銭湯のような空間で目を凝らすと、白い髪が見える。

「ジェイス」

「やあ、克臣。真希さんに追い立てられたのかい?」

「お互い様だな。……そっちにいるのはユーギたちか?」

「そう。寝落ちないように見守ってるんだ」

 くすくすと笑うジェイスの視線の先には、ぼんやりと湯につかる年少組の姿がある。彼らも今回の戦いで大活躍し、疲労を癒す時間もなかった。今ようやく、安堵しているのだろう。

 普段こういう時に騒がしいユーギやユキが静かにしているのを見ると、彼らも限界だったのだと思い知らされる。ジェイスと克臣はある程度体を温めると、四人の年少組を風呂から出してそれぞれの部屋へと送って行った。

「克臣」

「どうした、ジェイス?」

 ようやく一息ついた時、克臣をジェイスが呼んだ。手招くジェイスの傍に行くと、そこはリンの部屋の前。そっと戸を開ければ、静かにベッドに身を沈める弟分の姿がある。

 ベッドの傍まで足音を忍ばせて近付くが、リンの起きる気配はない。克臣は彼の顔を覗き込み、ほっと胸を撫で下ろした。顔色が良いとは言えないが、規則正しい寝息をたてているのが聞こえる。

「……よかった。よく寝てるな」

「ああ。……何とかして、あの体の痣を無くしてやりたいんだけど」

「だな。そして、銀の花畑もどうにかしないとだろ。あれは、この世界にとって大切なものな気がする」

「それも含めて、みんなが起きてきたら神庭に連絡を取ろうか」

「賛成」

 二人はそっとリンの部屋を出ると、真希の言葉を実行するためにその場で別れた。


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