第545話 迎えに来たよ

 ――全く、無茶をする。

 ――レオラ様。呆れている場合ですか?

 何処からか、知った声がする。酷く懐かしい感じがするのは、何故だろうか。

「……ん?」

 ぼんやりと瞼を上げたリンは、自分が現実にいないことを知った。ふわふわと自分の体重を感じない感覚に違和感を覚え、ここが夢の中だと察する。

「夢、か? いつの間に眠って……」

「目覚めたか、リン」

 目を閉じていた時に聞こえた声と同じものだ。リンは振り返り、そこにいた全身真っ白の青年に向かって問いかける。リンがつっけんどんな対応になるのは、今までの相手の態度のせいだ。

「――あんた、レオラか?」

「そうだ。目覚めたかという問いはおかしなものだったな。お前は意識を手放しそうになっていたのを掴み、辛うじてこの夢の世界で目覚めた。そうでなければ、あの怪我と魔力の枯渇具合から言って、生きているのが奇跡的だ」

 晶穂とジェイスに感謝しろよ。レオラにそう言われ、リンは苦笑を返すしかない。全く持ってその通りだ。

「わかってる。二人には、それからジスターにも、みんなにも感謝しかない」

「素直に認めるか。良い心がけだな」

 レオラは微笑み、隣に立つ女神に「なあ」と同意を求めた。女神、すなわちヴィルアルトは肩を竦め、リンへと視線を向ける。

「リン、目覚める前のあなたに伝えておかなければならないことがあります」

「何だ?」

「……貴方の受けた『呪い』解呪について」

 ヴィルアルトの言葉に、リンは一瞬言葉を失う。

「治る、のか? この呪いがある限り、俺は銀の華を離れなければならないと思っていたんだが」

 目を丸くし、リンが問う。するとヴィルアルトは曖昧に頷き、続きをレオラへと促した。

 レオラは眉を寄せ、リンを真っ直ぐに見やる。

「解呪方法はある。ただし、一つ条件がある」

「条件?」

「それは……」

 レオラの言う『条件』を聞き、リンは「わかった」と頷いた。




 ジェイスたちが晶穂と克臣、ユーギと合流したのは、決着を見てからすぐのこと。

 リンとジスター、そしてジェイスたちの無事を目で確かめた後、晶穂もまた倒れてしまった。魔力を使い続けたことによる副作用で、同時に結界も消失する。

「少し、ここで体を休めてから動こう」

「賛成」

 ジェイスの提案に克臣を始めとした全員が賛成し、荒れ地の中で腰を下ろした。

 元々は、美しい白銀の花畑が広がっていた場所。それを思い起こし、ユキがぼそりと呟く。

「この花畑、どうにか元に戻せないかな?」

「根こそぎなくなったのでなければ、植物は強いからね。再生する可能性もあるだろうけれど……」

「これだけ荒れて、残ってるものなのか?」

 ジェイスの言葉に正直な疑問を呈した克臣は、手の触れていた地面の土を撫でる。ぱさついた土は、植物を包み込む力を失っているようにすら思えた。

 克臣同様に地面を触っていたユーギが、悲しそうに眉を寄せる。

「あの黒い木が、土地の力も吸い上げちゃったのかな?」

「あれだけ負の力を発してたんだ。力の方向性を変換すれば良いんだから、養分を吸い取るように魔力を吸い取っていてもおかしくはないだろうな」

 唯文が言い、春直が首を傾げる。

「何処かに花の種とかないですかね?」

「知ってるとしたら、レオラくらいか」

 青々とした空を見上げ、克臣が苦笑する。神とは一般的な関係よりも濃いものがあるが、簡単に連絡を取れるものでもない。水鏡で話すのは、甘音が主だ。

神庭かみのにわと連絡を取るにしても、リドアスに戻るのが先決だろ。……ん?」

 克臣が大きな音に気付き、首を巡らせる。それに倣い、全員が一点に気付いて目を見張った。

「シン!?」

 最初に叫んだのは誰だったか。

 小さな点だった竜は徐々にその大きさを現し、強風と共に下り立つ。白銀の体を日の光に輝かせ、シンは元気いっぱいに仲間たちを見渡した。

「迎えに来たよ、みんなぁ」

「シン、アラストの様子は?」

 ポンッと目の前で手のひらサイズの竜の子へと姿を変えたシンに、ジェイスが問う。シンはくるんっとその場で回って応じた。

「文里さんやテッカさんたちが踏ん張ってくれて、ボクがこっちに来られるくらいには落ち着いたんだ。一香が自分だけで結界は大丈夫だからって言って、こっちに行くよう言ってくれたんだよ」

「なんだか、いつもいつもあの人たちには助けられてばかりだね」

 前線に出るのはジェイスやリンたちの役割であり、テッカは遠方調査員、文里はどちらかといえば事務方だ。それぞれユーギと唯文の父でもある彼らは、緊急事態が起こった際にとても頼りになる。

 ジェイスの言葉に、シンも頷いた。

「こういう時に動くのが役目だって言ってたよ。それに、ここに来る途中の町で古来種の人たちが暴れる人たちと戦ってるのも見た!」

「ジスターに聞いたぜ。後で、水鏡を通じてでも例を言わないとな」

 克臣が笑い、シンが「ジスター?」と首を傾げる。そんな小さな竜に対し、唯文が簡単に現状を説明してやった。

 するとシンは目を見開き、瞬時に本来の巨体へと姿を変える。

「それなら、安全なところで休まないと! リンとジスター、晶穂をボクの翼の間に。他のみんなも落っこちないでね」

「シン、君の飛び方次第だよ」

 ユーギはそう言うと、まずシンの背中に飛び乗った。そしてジェイスと克臣がリンと晶穂、ジスターを乗せるのを手伝う。そこに他の年少組三人も加わり、シンの背へ全員が乗るのにそれ程時間は要らなかった。

「リドアスに向かうよ! 出来るだけ揺らさないようにするけど、みんな気を付けてね!」

 シンは体を浮かせると、滑るように飛んで行く。竜の背中の上では、リンと晶穂、ジスターを寝かせ、彼らを囲むようにしてユキたちが腰を下ろしていた。

 振り返れば、光の洞窟の一部が壊れているのが見える。砂漠を下に見ながら、春直は幻のような白い花を思い出していた。

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