第543話 紫翼

 毒々しい色の翼を広げたイザードの魔力は、今までよりも強くなっていた。しかしそれはすなわち、彼の限界が近いことをも示しており、リンたちとの戦闘も大詰めというところである。

(とはいえ、限界なのはこちらも同じだけどな)

 限界まで魔力の純度を高め、リンは己の剣の中にそれを籠めている。この魔力を解放する時が、おそらくこの戦いを決着させる瞬間だ。

 リンは浅くなっていた呼吸を落ち着かせながら、隣に立つジスターを見やった。

 ジスターもまた、魔力の消費が激しい。魔獣を創るには、ある程度の魔力が必要だということだろう。更に、イザードとぶつかり合うだけでも削られる。

「ジスター、あとどれくらい行ける?」

「……全力は、後一回かな」

「充分だ」

 無理矢理笑みを浮かべたリンは、イザードの出方を窺った。彼もまた早々の決着を望んでいるのか、わずかにいらいらとした雰囲気を漂わせる。

「イザード、次で最後だな」

「……良いだろう。必ず仕留めてやる」

「血を吐いたって、倒されてやらない」

 ジスターの宣言が引き金となった。

「ガキが!」

「くっ」

 キンッと金属音が鳴り響き、重い衝撃がリンの腕を伝う。痺れに耐えて受け流すと、リンは攻勢に転じた。

「獅子!」

「ガアァッ」

 リンをフォローしようと、ジスターが再び獅子を顕現させた。半透明な獣は一つ唸ると、地を蹴りイザードへ襲い掛かる。

「邪魔だ!」

「ギャンッ」

 イザードにより吹き飛ばされたが、獅子はすぐに跳び上がって体勢を立て直す。そしてジスターに「噛み付け」との指示を受け、イザードの翼を引き千切らん勢いで噛み付いた。

「チッ」

 片翼に獅子がくっついたことでバランスが崩れ、イザードは獅子を振り払おうと翼を動かす。それでも頑として動かない獅子の青い目が、リンのそれとかち合った。

(あっ)

 その瞬間、リンは理解した。獅子が自分に何を言いたいのかを。

「イザード」

「ああ。……全力で行くぞ」

「わかった」

 二人は頷き合い、同時に走り出す。それを待ち構えていたイザードが翼を広げ、毒の棘を四方八方へと発射する。

 針を躱し、紙一重を潜り抜け、リンとジスターはイザードへと迫って行く。しかし近付く毎に針の激しさと密度が増し、容易な前進が出来なくなる。

 リンを飛び交う針から守るように魔獣を配したジスターは、魔獣に刺さったそれを見て顔をしかめた。

「リン、絶対に針に触れるなよ」

「触れる気はないが……どうして?」

「イザードの魔力が相当籠められている。オレが触れれば一時的に毒されるだけだが、おそらく、お前は死に直結するぞ」

「毒の上塗りは勘弁だな」

 丁度飛んで来た針を剣で叩き落し、リンは眉を寄せた。彼を守るため、二頭の魔獣が忙しく飛び回っている。彼らは魔力のみで創られた存在のため、針は刺さるがそれだけらしい。

「だが、これ以上進めないとなると……あいつを倒すのは」

 苦々しく顔を歪めるジスターを見下ろし、イザードはニヤリと嘲笑った。嗤える程、毒の針による防御壁は完璧に見える。

 愛用の剣を握り締め、リンはわずかに青い顔をしてジスターに声をかけた。

「ジスター、考えがある」

 リンの提案を聞き、ジスターは目を丸くした。しかし「それしかないな」と納得するのは早かった。




 同じ頃、晶穂は自ら創り出した結界の中でアリーヤを休ませていた。アリーヤを申し訳ないと思いつつも地面に寝かせ、周囲から守っているのだ。

 勿論、晶穂自身は魔力使用による披露が極度にたまり、いつ眠ってしまってもおかしくない。それでも意地で起きているのは、大切な仲間たちが前線で戦っているからだ。

(リン……みんな。無事でいて)

 戦場へと目を向ければ、大きな毒々しい翼を広げたイザードらしき人物が見える。その前に立つリンとジスターを眺め、晶穂は祈ることしか出来ない。

 何度も消えてしまいそうになる結界の保持に努めながら、晶穂は眠ったままのアリーヤに目をやる。

 アリーヤは眠ったまま、というよりは気を失い続けている。時折瞼にギュッと力を入れてうわ言を呟いて、涙を流す。その度に、晶穂は彼女の目元を拭ってやっていた。

「このも、辛い思いをしてきたんだろうな……」

 自分とほぼ同じ年齢のアリーヤが、一体どんな人生を送ってきたかは知る由もない。しかしだからといって、人を傷付けるために魔力を使って良いはずもないのだ。

 その時、結果の外に人の気配がした。ハッと顔を上げた晶穂の目に、安堵の色が浮かぶ。

「晶穂さん」

「えっ? ……あ、克臣さん。ユーギも」

「よく頑張ったな、晶穂」

 入っても良いか? そう克臣に問われ、晶穂は二人が入ることの出来るように結界を構成する魔力を弱めた。全て解除するには、周囲は危険過ぎる。

「あの、他のみんなは……?」

 周囲を警戒しながらも寄り添ってくれた克臣とユーギの存在にほっとしつつ、晶穂は首を傾げた。すると、克臣がくいっと親指で後方を指す。

「ジェイスとユキ、唯文、春直は、待機中だ。リンとジスターがイザートとの戦闘を終えた後、回収するんだってジェイスが言ってたからな」

「ジェイスさん、二人がガス欠になって倒れるからって言っていたよ」

「そんな気がする。……じゃあ、お二人は?」

「俺らは、晶穂とアリーヤの傍に行ってくれって頼まれたんでね。お前も限界とっくに超えてるように見えるぞ、晶穂?」

 克臣にわしゃわしゃと頭を撫でられ、晶穂は肩を竦めた。

「バレちゃいましたか?」

「バレちゃってるよ! だってそもそも、合流した時に倒れかけただろ!?」

「だったね」

 ユーギにも突っ込まれ、晶穂は空笑いをするしかない。

 克臣もユーギに同意し、晶穂の背を支えるように腰を下ろした。

「ま、リンも晶穂も頑張り屋過ぎるからな。今は何て言われようが休まないだろうし、全部終わったら二人っきりでデートでもして来い」

「でっ……デートですか!?」

 カッと顔を真っ赤にした晶穂に、克臣は「そうだ」と笑いかける。

「俺もそろそろ、真希と明人と過ごす時間も欲しいしな。考えると楽しいだろ? そのために、今出来ることをやろうって思うんだよ」

「……はい」

 頬を染め、はにかむ晶穂。厳しい戦いの最中にありながらも、未来を考えることは希望になる。

 少しだけ力の抜けた晶穂がユーギと共にアリーヤの顔を覗き込んだ時、強大な魔力の余波が三人の耳朶を打った。

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