第542話 交われない思い

 ジスターの放った魔獣がイザードを撹乱し、その隙を突いたリンがイザードに斬撃を仕掛ける。更にジスターも水流から生み出した剣を操り、リンに続く。

 初めての連携とは思えない程鮮やかなそれに、イザードは防御に徹しつつも歯噛みした。猛毒をまとった剣は水に洗い流され、その力を半分も出せない。

「ジスター、貴様」

 憎しみを宿した瞳で兄に睨み付けられながらも、ジスターは真っ直ぐな目でイザードを見返す。

「……オレは、ずっとあんたに憧れてた。聡明で、魔力が強くて、優しいあんたが大好きだったよ。だけど、何でかな。……何で、あんたは変わっちまったんだろうな?」

「真に目指すべき世界の形を知ったからだよ、ジスター」

「だったらそれは、やっぱりあんたとオレは交わらない道に立ってしまったんだろう。……もっと早く、あんたを止められていたらよかったよ。そうであれば、こうやって」

「……もう、手遅れだ」

「違いないな」

 実兄に淡々と言い返され、ジスターは肩を竦めた。その間にも両者は剣を振ることを止めではいないが、ジスターの目からは雫が流れ落ちる。

「オレは、オレはあんたと戦いたくなんてなかったんだよ! 兄貴!」

「もうお前は、私の血縁でも何でもない。……我が目的を阻むのならば、殺すだけだ」

「――そうかよ」

 悲痛な弟の言葉を聞いたとて、イザードの心境に変化はない。

 ため息をつき、ジスターはリンを振り返った。彼の拳はきつく握り締められ、血管が浮き出ている。

「待たせたな、リン」

「良いのか、本当に」

 リンの問いに、ジスターは諦めを含んだ笑みで応じた。

「……ああ、心が決まった。オレは、こいつを必ず倒す。そして、魔種の暴走を止めてみせる」

「暴走? もしかして、まだ発生しているのか!?」

 一旦は落ち着いていたはずの魔種の暴走が、再び起こっている。その知らせは、リンを動揺させるのに十分だった。彼の動揺を見て、イザードの口端がわずかに引き上がる。

 しかしジスターは、冷静に頷く。

「お前たちの仲間が、それぞれに対応しているよを見て来た。アラストは銀の華、ヒュートラは何だっけ……古来種? とか言う奴らが抑えていた」

「古来、種……。そうか、あいつらが」

 アラストでは、地元の銀の華の文里やシン、一香たちが対処しているのだろう。更に古来種、つまりはクロザやゴーダたちが出張っている。これは、意外以外の何物でもない。

(なんか、肩の力抜けたな)

 ここには居ずとも、遠くで仲間が共に戦っている。そして傍にも仲間がいて、隣には新たな友人がいるのだ。リンは『呪い』による痛みを覚えながらも、気持ちが少し軽くなったように感じていた。

「いつまで、ガタガタと話している?」

「……別に?」

 苛立った声と共に、イザードが毒針を放ちリンの頬を刺そうとした。それを躱し、リンは冷静に敵を睨み付ける。

 リンの手には魔力が限界に近い剣がある。それで片を付けるためには、次の一撃で決めなければならない。

「ジスター」

「ああ、わかった」

 リンの言いたいことを察し、ジスターは二頭の魔獣を顕現させた。阿吽の狛犬のような姿のそれらは、音もなく唸るとジスターの傍に立つ。主を護るように侍る姿から、彼らが主を大事に思っていることが窺えた。

「行け!」

 ジスターが指示すると、獅子たちは左右に分かれてイザードに襲い掛かる。その鋭い牙を閃かせ、二頭同時に吼えかけた。

「ちっ」

 イザードとしても、魔獣たちを放置しておくわけにはいかない。水から生まれた獣たちは、イザードの剣舞を全て流れるように躱す。弄ぶようにひらりひらりと移動する獅子たちに苛立ち、イザードは猛毒を含ませた剣を横に薙ぎ払った。

 パシュンという音と共に獅子たちを水滴に変えると、イザードは邪魔者はいなくなったとばかりに刃の幅を広げた。こちらも次が最大威力を出せる最後の機会だとわかっているため、慎重にならざるを得ない。

「イザード!」

「くっ」

 獅子たちを失うも、自ら剣を取ったのはジスターだった。彼の容赦ない剣さばきに、疲労を感じているイザードは後手に回る回数が増えていく。

 全てを弾き躱していたイザードだったが、ふとした瞬間にジスターの斬撃を受けて軽く飛ばされた。

「――っ」

 ドサッと背中から地面に叩きつけられ、イザードは声もなく呻く。その彼の上にまたがるようにして仁王立ちになり、ジスターが切っ先を首にあてた。

 はぁはぁと大きく肩で息をするジスターを見上げ、イザードはハッと一つ息を吐く。目を閉じ、降参だとでも言いたげに腕を横に開く。

「殺せ、ジスター」

「――っ」

 やけに静かなイザードの言葉に、ジスターは何も言うことが出来ない。カタカタと震え始める切っ先を目にし、イザードは煽る。

「出来ないのか?」

「……」

「お前は昔から、血や死に敏感だったな。よく、怖くて泣いていた」

「思い出すなよ、そんなこと」

 手以上に震えそうになる声を呑み込み、ジスターは大きく息を吸い、吐き出す。

「殺せば、全てが本当に終わる。その前に、あんたから訊き出さないといけないことがある。……だろ、リン?」

 ジスターが問い掛けると、後方にいたリンが頷く気配があった。ザクザクと荒れてしまった地面を踏み締め、リンはジスターの横に立つ。

 ジェイスと晶穂の魔力のお蔭で右腕の痛みは軽減していたが、それも今やぶり返している。上腕を左手で掴み、リンは恐怖を呑み込んでイザードを見下ろした。

「イザード、お前の魔力を解除しろ。この毒の解毒方法を、お前ならば知っているんじゃないのか?」

「解毒、ね」

 ふっと笑ったイザードは、憐れみを含んだ瞳でリンを見返した。

「残念だが、私にはもうそれが出来ない」

「……どういうこと、だ?」

 動揺を見せるリンに、イザードは愉快だという顔で続ける。

「ふふ。私の力が及んでいたのは、お前の弟から『呪い』が解き放たれ、お前に取り込まれるまでのこと。『呪い』を夢で倒したと言ったが、種を消さない限りいつでもお前の体は蝕まれ、更に傍に居る者たちにも影響を及ぼす」

「……つまり俺が仲間と共にいる限り、『呪い』を広げてしまうというわけか? あの時の晶穂のように」

「そういうことだ」

「――ッ」

 言葉を失い、リンは拳を握り締める。イザードを捕らえて解毒方法を吐かせ、更に魔種たちの操作をも止めさせようと考えていたのだ。しかし解毒方法が無いとなれば、どちらも達成は絶望的か。

「……なら、町で暴れる魔種たちを解放しろ。それなら、お前の管轄内だろ?」

「私が死ねばすぐに解ける魔力だが、良いだろう。ここまで、十二分に楽しませてもらったからな」

 刃を向けられているにもかかわらず、イザードは自分のペースを全く崩さない。

「この戦いで、魔種たちを解放してやるよ」

「は? 何を……」

「しまった!」

 その時、イザードを魔力の渦が包み込んだ。ジスターの剣が吹き飛ばされかけ、リンは身を護るために顔の前で腕を交差させた。

「勝負がついていないのに、止めを刺さなかった。お前の落ち度だよ、ジスター」

 リンとジスターが瞼を上げた時、ジスターは宙に浮いていた。そしてその背中からは紫色の翼が広げられている。

「さあ、本当の最後を始めようか」

「終わらせる!」

 リンを庇い、ジスターはもう一度魔獣を創り出した。

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