信じる気持ち

第541話 加勢する者

「……お前は、イザードの弟の」

「ジスター・ベシア。不肖の弟だけど、兄貴を倒す手伝いくらいなら出来る」

 淡々と応じたジスターが、ジェイスたちの横を通り過ぎようとする。その腕を掴み、克臣は振り返った彼と目を合わせた。

「何か問題でもあるか?」

「俺たちとしちゃ、加勢は有り難い。だが、お前は本当にそれで良いのか? 今なら、疲弊した俺たちを一気に片付けることだって出来るだろう」

「……リンが、言ったんだ」

「リン?」

 かくっと首を傾げた克臣に、ジスターは真っ直ぐ頷いて見せた。

「『一緒に自警団をやらないか』ってな。そして、ジェイスと言ったか。あんたも、オレの心を簡単に暴いてくれたな」

「わたしは、感じたままを言っただけだ。それでも、きみが何かを感じ取ったのなら、言った意味があったということだろうね」

 ジェイスがくすりと笑うと、ジスターは不本意そうに鼻を鳴らしたが、否定はしない。彼にとって、リンとジェイス、二人の言葉が何らかの引き金になったことは明らかだった。

『ジスター、銀の華を訪ねて来い。お前が、一般人を誰一人傷付けていないことは知っている。お前が望んでくれるなら、一緒に自警団をやらないか?』

 リンが言った言葉は、ジスターにとって寝耳に水。ジェイスの的を射た発言と合わせて、充分に彼の心を揺さぶった。

 そして、密かに銀の華の戦いを見ていたジスターはもう一度考えた。自分の兄が目指すものは、本当にジスター自身が望むものなのか、と。

「それで、答えは出たのかい?」

 ジェイスに問われ、ジスターは「ああ」と頷く。顔を上げれば、自分の実兄とリンが激しい戦闘を続けている。どちらかが崩れれば、そのままもう片方の勝利が確実となる、そんな危うい均衡を保っていた。

「……だから、ここにいる」

 それだけ口にすると、ジスターは魔獣を顕現させた。透明な水をまとった獅子は、グルルと小さく唸る。その目を受け止め、ジスターの手が獅子の顎を撫でる。

 既に、克臣の手はジスターの腕から離れていた。

「待って」

「――っ」

 発とうとするジスターの袖を引く者がいる。ジスターが見下ろせば、そこにはリンの弟であるユキがいた。彼は明るい水色の瞳を潤ませ、じっと目の前の男を見上げている。そして、袖を握る手に力を籠めた。

「兄さんを助けて。そして、二人共絶対に戻って来て」

「……」

 明確には応じず、ジスターは柔らかな手つきでユキの手を離させた。そして、黙って彼の頭を軽く撫でる。

「――行くぞ、相棒」

 ――ガウッ

 ジスターの声に、獅子が応じる。巨大化した獅子の背に飛び乗り、ジスターは上を向いた。

「兄貴を倒す。そして、あいつをお前たちのところに帰す」

 そう言い置くと、ジスターは獅子と共に宙を駆けて行く。

 一人と一頭の背を見送り、克臣はガシガシと後頭部を掻いた。

「あいつ、信じて良いのか。ジェイス」

「うん、大丈夫だよ。彼の魔力には、もう淀みを感じられない。前に出会った時は、本気を出していないように思えたんだけど。今は激しいまでの波動を感じるよ」

「そうか」

 ジェイスが言うのなら、大丈夫。克臣はそんな無責任な信頼を胸に、驚いているであろう戦場を見上げた。

「さあ、本当に最後だぜ。リン」


 一方、突然の乱入者にまず反応を示したのはイザードだった。

「お前、ジスター! 兄である私に歯向かうのか!?」

「あんたが目指す世界は、オレが望むものとは違う。今を全て壊して全部消すなんて、そんなの許されることじゃない!」

「私は誰の許しも必要としない。お前も裏切るというのなら、そこの死にぞこないとまとめて地獄へ送ってやる」

「お前も、ね」

 ちらりとジスターが視線を落とすと、その先にいるのは晶穂のもとで守られているアリーヤだ。実は克臣たちと合流する前に彼女を見付け、晶穂に託してきたのだ。

(あいつも、オレを疑わずに笑ってたな。「必ず守る」だもんな。どんだけ疑いを知らない奴なんだか。……いや、それはオレ自身も同じか)

 敵対していた娘に仲間を預け、仲間が害されることなど疑わなかった。晶穂が無理を押して銀の華の仲間のために力を使っていることは魔力の波動でわかり切っていたが、彼女以外に頼る寄る辺がなかったのだ。

 ジスターとアリーヤは、特に仲が良かったわけではない。それでも気にかけたのは、同じ目的のために動いていた同志だと一時でも思ったからだろう。ジスターはそう結論付け、イザードへと視線を戻した。

「あんたのたくらみは、ここでついえる。覚悟するんだな」

「……ふん、言うようになったな。腰抜けが」

「ジスター、やっぱり来てくれたな」

 突き放し敵対の言葉を吐くジスターとは違い、リンは苦しげながらも微笑んでジスターを迎えた。その対応に、ジスターは目を見張る。

「……もっと驚くかと思ったが」

「お前は、俺たちと近いものがあると感じていたから。それに、一度仲間に誘ったしな」

「――っ、何だよそれ」

 それはもう、何の根拠もないではないか。緊迫した状況であるにもかかわらず、ジスターは吹き出しそうになった。そして、改めて自覚する。自分はこの団長とやらに、そして銀の華という者たちに惹かれ始めているのだと。

「オレは、お前の仲間と約束した。だから、絶対に勝ってお前を仲間のもとへと帰す」

「それは、お前も共にだろう? ジスター」

「……ああ」

 当たり前のように問い返して来るリンに反論する気も失せて、ジスターは肯定した。それが彼の変化だと、彼自身気付いていなかったが。

「覚悟しろ、イザード」

「ガキ共が……殺し尽くしてやる」

 イザードが吼え、空気が振動する。更に巨大化した毒の刃を前に、リンとジスターは互いに目を合わせて戦闘体勢を取った。

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