第540話 永遠のさよなら
克臣とユーギ、唯文、春直によって活路が開かれ、傀儡へと向かう一筋の道が現れる。
傀儡はその身に宿る魔力が底をつきかけているのか、最初程勢い良く攻撃してくることはなくなっていた。今も細い髪の束を繰り出し、克臣たちの攻撃から辛うじて身を護っているに過ぎない。
「おれたちの今までの攻撃は、無駄じゃないってことですね」
[そういうことだな」
克臣はそう言って唯文に歯を見せ笑いかけると、背後から突いて来る髪の束を斬り裂いた。そして、ぐいっと後方を振り返る。
「いつでもいいぜ、お前ら」
「「了解」」
応じたのは、ジェイスとユキ。彼らの魔力を乗せた大きな矢が弓につがえられ、発射の時を今か今かと待ち構えている。
疲労したのか、傀儡の動きが鈍った。揺らめいていた髪の壁に隙間が空く。
「今!」
いち早くそれを見付けたユーギが叫び、彼の声を合図にジェイスとユキが矢を放った。空気を引き裂くように飛ぶ矢は、吸い込まれるように傀儡の胸に突き刺さる。
「――――ッ」
目を見開き、傀儡が喘ぐ素振りを見せる。死体を元にしているため血は出ないが、出たとしても瞬時にユキの魔力で凍らされていたことだろう。それくらい急速に、傀儡の体は胸元から凍り始めていた。
ピシピシッと氷が張り、傀儡は抵抗しようともがくが意味をなさない。氷が傀儡の顔に届こうとした時、その胸元が激しく光を放った。
「あ……見てください!」
春直の指差す方向には、傀儡半氷像がある。傀儡の胸から溢れる光は、ジェイスの力の具現だ。それが氷をも吸い込むように光が包み込み、傀儡の体を崩落させていく。
「ア……アァ」
傀儡の崩壊により、それから伸びていた髪も塵のようになって風にさらわれる。ぼろぼろと元の姿を失っていく傀儡の呻きが響き、ジェイスは呟くように義母への挨拶を口にした。
「さよならです、ホノカさん。……安らかに、お眠り下さい」
「母さん、ありがとう。おやすみなさい」
ユキもまた、実母への言葉を呟く。彼にとって、母の最期は目の前で終わった。何も声を掛けることも出来ず、ただ泣き叫んでショックのあまりにその時の記憶を奥底へとしまい込んで忘れたことにしていた。それを思い出し、ようやく言葉をかけられる。
「きっと、兄さんも同じだと思う」
「……ト、ウ」
傀儡の唇がわずかに動き、それを最後に姿は霧散する。何も残さず、その姿を消し飛ばした。残ったのは、ユキの氷の破片だけ。
「……」
「……」
ジェイスとユキは沈痛な面持ちでそれを見送ると、深呼吸をした。
「よし」
「もう終わり」
気持ちを切り替え、二人はもう一人の敵に目をやった。彼らの傍には、離れて戦っていた克臣たち四人が歩いて来る。
六人の視線の先には、未だ激戦を繰り広げるリンとイザードの姿があった。
傀儡が消されたことを視界の端に見て取り、イザードが眉間のしわを深くする。
「倒されたか……」
「余所見か?」
「くっ」
キンッと刃が打ち合い、火花が散った。
リンは努めて余裕の笑みを浮かべ、イザードを挑発する。
「あれだけ俺たちを翻弄し続けた『この世界を手にする者たち』のボスが、そんな弱腰で良いのかよ。 仲間に愛想尽かされたんじゃないか?」
「ふん。……仲間など、私には必要ない」
「俺たちを見てもそう思うんなら、救いようもないけどな」
「何を」
イザードの重い斬撃を受け止め、弾く。リンは両腕に走る傷から噴き出す血に頬を濡らしながら、一心に剣を振るっていた。
それに応じるイザードも同じようなものだ。互いに力が入らなくなる足を叱咤し、震えそうな手に思いを籠める。それが出来なくなった時、戦いが終わるのだと悟っていた。
「くっ」
「はあっ」
「このクソ餓鬼!」
「お互い様だ!」
光の速さで打ち合う度、金属音が響き渡る。それに構わず上、下、左右と光が走っていく。幾つかの細かな破片は、一体どちらの刃こぼれだろうか。
イザードが袈裟懸けに斬れば、リンは横にした剣でそれを受け止め滑るように弾く。リンがくるりと回ってスピードをつけ、そのまま斬り込めば、イザードの刃が待っている。
一進一退の攻防は数え切れない程に及び、互いの限界へと近付きつつあった。
「ちぃっ」
先に動いたのはリンだ。イザードの剣を思い切り弾き返すと、後方に下がって距離を取る。目に見えて憔悴し、顔色が悪い。
(俺自身の魔力と体力が枯渇しかけている感じ、だな。次で決着を)
ちらりと眼下を見れば、傀儡を破壊したジェイスたちがこちらを見上げている。今、リンは一段高い場所にある巨木の側に立っていた。巨木が植わったことで地形が変化したのか、平坦だったはずが凸凹としたものへと変わっている。
肩で息をしながら、リンは無理矢理枯渇しかけている魔力を引き出した。それを剣に宿らせ、攻撃の機会を待つ。
「……余所見をしているのは、お前の方だろう!?」
「くっ」
ガキンッという音が響き、リンは体の均衡を崩して地面に手をついた。勿論イザードが手を緩めるわけもなく、更なる追撃を受けて辛うじて弾き返す。
「どうした? さっきまでの煽りはどうした?」
「さあな」
リンは強気に笑い、立ち上がると剣に宿らせた魔力の増幅を試みる。徐々に淡い青色が立ち昇り、リンごと包んでいく。
「――さあ、仕切り直しだ!」
「良いだろう」
ニヤリと笑ったイザードの体にも赤黒い炎が湧き上がり、二つの魔力がぶつかる。
「――不味い」
「ジェイスさん、何がまずいんですか?」
リンとイザードの戦闘を見守っていたジェイスの言葉に、ユキが早速反応した。彼らの視線の高さよりも上では、彼の兄が剣に魔力を乗せて斬撃を繰り返している。
ユキの問いに、ジェイスは険しい表情で応じた。
「リンの魔力は枯渇寸前だ。あのまま行使し続けたら、倒すよりも先に倒れてしまう。……わたしと晶穂のわけた魔力はもう残っていないみたいだな」
「そんなっ」
「俺たちが加勢することは?」
悲鳴を上げるユキの頭を掴み、克臣が尋ねる。それに対し、ジェイスは首を横に振った。
「少しでも均衡を崩せば、イザードに新たな手を使わせる隙を与える可能性がある。ということもあるけど、それ以上にリンの集中力を欠かせるわけにはいかない。だろ?」
「違いない。……となると、見守るしかないってことか」
チッと舌打ちをした克臣が、大剣を握る手に力を籠めた。腕に青筋が立ち、わずかに震えている。
(そして、わたしたちの力もかなり削られた。少なくとも、ユキたちにこれ以上の負担を強いることは出来ない)
ちらりと目をくれれば、年少組四人の消耗は激しい。特に唯文とユーギはほぼ肉弾戦を続けていたためか、小刻みに肩で息をしている。春直とユキは魔力での補強がある分、少しだけマシな程度だ。
ジェイスの意図を克臣も察したのか、それ以上問い詰めてくることはない。その代わり、何か出来ることはないかと周囲を見回している。
「克お……」
「……オレに行かせてくれないか?」
「――!」
突然降って湧いた声に、その場にいた全員が振り向く。そして、思いがけない人物の登場に言葉を失った。
「お前は……」
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