第539話 決意を改め
ユキの氷柱は空中で細かく割れ、
そのリンへ向かって、毒の刃が襲い掛かった。自由自在に形を変える刃はその刃渡り以上の動きを見せ、孔雀の羽のように広がり突き刺そうとする。
「死ねぇぇぇっ」
「やらせるか!」
イザードの気迫に対し、克臣が怒号で応じた。唯文たちによって作られたルートを通り、毒の刃が突進して来る。それを真正面から受け止め、克臣は上へと弾く。
「ジェイス!」
「了解」
トンッという軽い動作で跳んだジェイスが、弾かれもう一度落ちるように突き進む毒牙を破壊しようとナイフを配置する。それらを発射すると、高速で刃へと穿つ。
ピッとイザードの頬を赤い線が走り、つと滴り落ちる。その正体と痛みに顔をしかめ、イザードは散らされた魔力を瞬時に集め直した。
「ここまでとはな」
「俺たちは、絶対に諦めないし負けない!」
「……では、初めて諦めてもらおうか」
「折られはしない」
イザードの瞳が赤銅色に輝き、リンの赤色とかち合う。どちらも相手から目を逸らさず、そして同時に地を蹴った。
「オオオォォォォォッ」
「はあぁぁぁぁぁっ!」
毒の刃と光の刃がぶつかり合う。
魔力量としては断然イザードが上だが、リンには彼にはない力がある。ジェイスと晶穂という、底抜けな魔力を持つ二人からの助力という力。そして、絶対に負けないという意志の力だ。
紫の光と白い光が拮抗し、弾き合う。カンカンカンッという刃同士がぶつかる音が空気を震わせ、二つの力が互いを上回らんと競り合っている。
「リン……っ」
「克臣さん、ぼくらも」
「ああ」
常人の目では追えない斬撃を目にして、克臣が奥歯を噛み締める。ユーギが彼の袖を引き、それに応じた克臣は新たな脅威へと目を向けた。
ユキによって凍らされていた傀儡が、少しずつその捕縛から逃れようともがいているのだ。二度と動けなくするため、そちらを完全に倒さなくてはならない。
壊れかけのロボットのようにカクカクと動く傀儡を前に、ユキは眉間にしわを寄せた。
「……っ。ぼくの力じゃ、そろそろ限界かも」
「よくやってるよ、ユキ。片を付けよう」
「――はい!」
ユキが返事をした直後、傀儡を封じていた氷が砕かれ、霧散する。と同時に、目を覚ました傀儡が髪の毛を揺らめかせた。
「あいつに攻撃の隙を与えたらダメだね」
「二の舞になりますからね」
ジェイスと唯文が言い合い、一歩踏み出そうとした時だった。
「――ぼくが隙を作ります!」
そう叫ぶが早いか、春直が操血術を展開した。彼を中心に大きな赤い花の魔法陣が描かれ、両手を天へ掲げるとすぐに花吹雪が舞い踊る。
明らかに目立つそれを狙い、傀儡が髪を伸ばす。急流のような攻撃に、誰もが手を出すことを
「よしっ」
春直は掲げていた両手を前へと突き出し、迫る傀儡の攻撃へと力を放つ。
「――捕らえろ! 操血術『捕縛花』!」
赤い花吹雪が傀儡の髪の毛にくっつき、その数はどんどんと増えていく。それに応じ、傀儡は顔を歪めた。
その様子を見て、ユキはハッとしたらしい。春直を振り返り、ねぇと声を掛ける。
「もしかしてっ」
「ユキはわかったかな?」
「何の話?」
きょとんとしたユーギに、ユキが傀儡を指差して教えてやった。
「春直はね、花びらを貼りつかせて傀儡から魔力を吸い取っているんだ! 魔力さえ枯渇してしまえば、もう動けないだろうからね」
「成程! 春直、あったまいい!」
「もしかしたらってやってみただけだよ。それに、これは一時しのぎにしかならないから」
操血術を駆使したまま、春直の顔が曇る。
しかし、そんな彼の頭を撫でた人物がいた。彼は「充分だよ」と微笑み、特大の弓矢を手に構える。その人を見上げ、薄く汗をかいた春直は目を見開いた。
「ジェイスさん……」
「そのまま、維持してて。……そう、うまい」
「はい」
再び操血術に意識を向けた春直の横で、ジェイスは半透明の弓に魔力を増幅させた矢を引く。
「最期は、私が」
「ぼくも、そこに噛んでも良い?」
「ユキ」
矢をつがえるジェイスの手に自分の手を重ねたユキが、自分の魔力を矢に乗せる。キラキラとしたダイヤモンドダストのような輝きを帯び、魔力量が膨れ上がった。
二人は傀儡のもととなった女性、ホノカと深い縁がある。ジェイスにとって彼女は養母であり、ユキにとっては実の母だ。だからこそ、この戦いは二人で終わらせる。
本来ならば、ユキの兄であるリンもとジェイスは思う。しかし彼は今、こちらよりも難敵と激しく競り合っている最中だ。
(こちらが終われば、リンも戦いやすくなるはずだ)
ジェイスは軽く息を吸い、弓矢を持つ手に力を籠めた。ユキもまた、魔力の精度を上げていく。
二人の攻撃を邪魔させまいと、克臣たちのフォローは万全だ。傀儡も二人の攻撃を受けてはいけないと察しているのか、より激しく粗い攻撃が展開する。しかし、それは全てフォロー組に阻まれてジェイスとユキには届かない。
ちらりと二人を視界の端に入れた克臣は、人知れず苦笑する。
(あいつらに最期をやらせる気なんてなかったのにな)
己の決意が崩されるのを感じたが、それを真の意味で知るのは自分自身しかいない。克臣は自らの思いを別のものに転換させることを決め、使い慣れた大剣を振りかざした。
「ジェイスとユキを護り切るぞ、お前ら!」
「「「はい!!!」」」
年少組三人の元気な声に背中を押され、克臣は新たな決意に従って目の前に躍り出た髪の束を斬り裂いた。
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