第538話 形勢逆転の一手

 イザードの視界の端では、傀儡が凍らされて動かなくなっていた。それが彼により大きな焦りを与えたのかもしれない。

 兎に角も、イザードは己の魔力を総動員して猛毒の液体を生成していた。おそらく竜ですら触れれば即死する、全てを殺す毒性のものだ。

 イザードは魔力で濁流のように敵を押し流し、更に毒を地面に吸わせるという一石二鳥の策を執行しようとしていた。

「これで、お前たちは終わりだ!」

「全員逃げろ!」

 最もイザードに近い位置にいた克臣がいち早くイザードの力の危険性を察し、仲間に向かって叫ぶ。

 ほぼ同時に気付いたジェイスは、年少組の前に気の壁を張ると克臣の手を引くために翼を広げた。ジェイスの位置からは克臣への距離が遠く、魔力を届かせることが出来なかったのだ。

「克臣ッ」

「任せろ!」

 ジェイスの悲鳴に似た叫びを無視し、克臣は再び『竜閃』を放とうと大剣を構える。

 その克臣に対し、毒が襲い掛かった。『竜閃』を放つも、それすらもイザードの魔力が呑み込む。そんな最悪の事態をイザードが思い描き、己の勝利を確信した時だった。

「させるかぁ!」

 眩しい程の輝きが戦場となった元花畑を覆い尽くし、その場にいた全員がまばゆさに目を瞑る。そして、視界のない中で斬撃だけを耳にした。


「……?」

 いつまで経っても、覚悟した痛みも圧迫感もない。『竜閃』を放ちながらもその手応えのない克臣がそっと瞼を上げると、彼の前に見慣れた背中があった。自分よりも少し華奢なその背は、藍色に近い黒髪を魔力を含む風に遊ばせている。

「リン、か?」

「……克臣さん、ご心配おかけしました」

 振り返ることなく、リンは謝罪する。彼の手にする剣の斬撃は毒の波を真っ二つに斬り裂き、見事に四散させた。

 更に、天へ弾き出されたことで地面を目指し降り注ごうとした毒の雨に対し、白い光が噴き上がって消し去ってしまう。その力を行使したのは、こちらもその場にいなかったはずの晶穂だった。

「晶穂、さん……」

「春直、みんな。遅くなってごめ――っ」

「晶穂さん!」

 毒を全て消し去った晶穂が、ガクリと膝を折る。彼女の体を支えようとした春直だったが、体格に差があり支え切れない。そこへ、唯文とユーギが駆け寄った。

「春直!」

「みんな、ありがと……」

「それは、ぼくらにじゃなくて晶穂さんと団長に言うべきだろ?」

 春直に向かって、ユーギが言い返す。少し不機嫌にすら聞こえる言葉は、ユーギの安堵の裏返しだ。

 それを知っているから、春直は素直に「ごめん」と言い、唯文も何も言わない。

 そっと地面に座らされた晶穂は、瞼を半分ほど開けて微笑む。

「ごめんね、三人共。ありがとう。いけるかと思ったんだけどな……」

「おれたちも人のこと言えませんけど、晶穂さんも団長も無茶です。……でも、お二人が来て下さらなかったら危なかった。ありがとうございます」

「唯文兄、ツンデレだ」

「こういう時に茶化すなよ、ユーギ」

 戦場であっても、年少組の明るさは変わらない。それに救われた気持ちがして、晶穂は囁くように「ありがとう」と繰り返した。

「わたしはここまで、かな。みんな、リンをお願い」

「任せてよ」

 トンッと胸を叩いたユーギと、唯文と春直が立ち上がり戦場を振り返る。少し離れた場所には真っ二つに裂けた巨木と氷漬けの傀儡、そして怒りに顔を赤くしたイザードが立つ。

 イザードたちを見上げるのは、リンとジェイス、克臣、そしてユキだ。リン以外の三人が何か言いたげにはしていたが、それは後回しだと苦笑し合う。

「リン」

 ぽん、とジェイスがリンの頭に手を乗せる。普段通りの穏やかな口調だが、リンに一抹以上の不安を覚えさせるには十分だった。

「はい」

。ただし、全員で帰るからね」

「――はい」

「ま、そういうことだ」

「兄さん、お帰り」

 克臣とユキも並び立ち、更に唯文たち三人が駆け付ける。

 全員の無事を確かめ、リンはようやく硬い表情を和らげた。

「ただいま」

 一方晶穂は岩陰に隠れ、神子の力の回復に努めながらも回復した傍からリンたちのために力を使い続けていた。

 七人を前にして、イザードは己の目算が外れたことを悟る。

「……団長の心を折れば銀の華は崩壊する。そう思い込んでいたが、そもそも団長が死なないとはな」

 やれやれと肩を竦めるイザードに、リンは決然と応対した。

「悪いが、夢の中でお前の『呪い』は倒した。その上で訊く。……種を壊すためにはどうすれば良い?」

「――ふっ、種か」

 唇を歪めたイザードに対して、ジェイスたちはそれぞれに言葉を失った。呪いを倒した代わりに種が残ったとは、どういうことかと。

 仲間を代表して、ジェイスが隣に立つリンに問う。

「リン、どういう……」

「俺の体には、毒によってできた痣がまだ広がり続けているんです。それを完全に癒すためには、種を破壊するしかない。ですが、その方法はイザードしか知らないだろうと踏んでいます」

「そういうこと、か」

 ため息を呑み込み、ジェイスは傷だらけのリンを横目に見た。ほぼ夢の中での戦いだっただろうが、その間の戦いで負った傷や『呪い』のダメージが表に出ているのだろう。

(わたしたちとしては、この子を出すことなくイザードに勝ちたいところだったけれど。……そういうことなら、余計に止められないじゃないか)

 ジェイスは指を鳴らすと共に弓矢を生成し、イザードに向かってつがえた。

「だったら、答えてもらおうじゃないか? 己の魔力の解毒方法くらい、知っているだろうからね」

「そういうことです」

 どうなんだ、とリンはイザードを睨み付けた。

 それに対し、イザードは少し考える様子を見せた。しかし鼻で笑うと、毒を具現化させた剣を構えて不敵に笑う。

「良いだろう、教えてやるよ。私の毒を消す方法を。ただし……」

 イザードは剣を七つに分け、一本を握った。その他は宙に浮かべ、それぞれが独立して動くよう魔力を配分する。

「……私に勝てればな」

「そうなるよね!」

 ユキが応じ、氷柱を大量に生み出していく。彼の魔力爆発を合図に、全員が一斉に動き出した。

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