第536話 モグラの如く
氷の壁が震え、リンと晶穂は互いを支え合って揺れに耐える。揺れを引き起こした爆発音の原因は、とリンは剣に力を籠めて弟の創り出した壁に穴を開けた。
(晶穂とジェイスさんのお蔭で、まだ動けるな)
崩れた氷柱の先に、黒い靄を噴き上げる巨木が見える。黒い木は何故か左右に真っ二つに裂けていたが、その眼前には全身に氷をまとう女が立っている。長く伸びた黒髪が不自然に広がり、真っ赤な瞳は何も見ていないようだ。
更に彼女の前にはイザードが立ち、遠目でもわかるほど顔を歪めていた。そこにはこれまでのような余裕がなく、焦りが見える。
「一体何が……」
「リン、見て!」
晶穂の指差す方向を見れば、イザードたちに対峙する位置にジェイスたちが散らばって立っている。彼らの様子を見て、リンは息を呑んだ。
二人が壁を破るより少し前。ジェイスとユキは克臣たちに合流し、傀儡と向き合っていた。
イザードの指示を受け、傀儡はその長い黒髪を幾つもの束にして地面に突き刺す。髪の束が地面を掘り進み、最も近くにいた春直の足下に到達した。
ボコリ、とじめんが浮き上がる。
「うわっ」
春直はひらりとそれを躱すと、赤く伸びた爪をそれに向かって突き立てる。しかし紙一重で避けられ、春直は眉間にしわを寄せた。
「躱された……」
「次は何処から出て来るかわからない、か。根元を断つのが早いけど」
「そう簡単に近付けないよな!」
ジェイスの呟きに応じた克臣は、果敢にも傀儡へ一閃を見舞おうとして遮られていた。一体の傀儡から伸びたとは思えない程の量の髪が壁を造り、克臣の剣を弾き返す。
克臣がひらりと戻るのと交代で、今度はユキが魔力を放った。魔力は氷柱と化し、鋭利な針のようになって髪の壁へと突き進む。
「これならどうだ!」
「――ちっ」
髪の壁を氷柱が凍らせながら突き抜けるかに見えた。しかしイザードが傀儡を強化してしまったことで、次いで伸びた髪に全ての氷柱が捉えられる。バキリッと音が下かと思うと、氷柱は全て握り潰されてしまっていた。
「魔力でも突破出来ないか」
「どちらか一方なら何とかなりそうなのに」
地面から現れる髪の束を躱し、唯文が呟く。その呟きを漏らした直後、背後に現れた髪によって手首を掴まれ、バランスを崩した。
「うわっ!?」
「唯文!」
ジェイスのナイフが髪を切り裂き、唯文は難を逃れた。髪の毛が巻き付いていた手首を見れば、赤くなってはいるがそれ以外に不審な点はない。ほっと胸を撫で下ろし、唯文は助けてくれたジェイスに礼を言った。
「助かりました、ジェイスさん」
「これくらい、当然だろう? それよりも、唯文の作戦で行こうと思う」
「作戦?」
首を傾げた唯文に、ジェイスはナイフを傀儡に向かって放ちながら頷いた。ナイフは髪に弾かれ、本体には届かない。
「そう、さっき言っただろう? 『どちらか一方なら何とかなりそうなのに』って。だから、相手が二人ならこっちも二つに分ければ良いんだってね」
「それ、今までと同じでは?」
「連携は、わたしたちの得意とするところだから」
ジェイスはそう言って微笑むと、頭上から突き刺そうと迫って来た髪を躱した。攻撃を放ちながら、全員に指示を飛ばす。
「わたしと唯文、ユキは傀儡を。克臣、春直、ユーギはイザードを頼む!」
「了解っ」
襲い掛かって来た黒い束を斬り飛ばした克臣は、その勢いを殺さずに地面に着くと同時に地を蹴った。彼に後れを取るまいと、春直とユーギも一直線に駆けて行く。
「春直、ユーギ。わかってるな!?」
「はいっ」
「当然!」
「――よし」
左右に陣取った子どもたちの返事に頷き、克臣はイザードに向かって斬撃を放った。
「竜閃!」
「こんなものっ」
案の定、イザードは斬撃を毒の壁で受け流す。しかし彼を安堵させることはなく、ユーギと春直が時間差でイザード目掛けて突進した。
「だあぁぁっ」
「効くか!」
ユーギの回し蹴りを腕で受け止め、イザードはカウンターの如く蹴りを打ち込む。それを頬に掠ったユーギが下がると、今度は春直が倍以上に見える右手の爪を振り下ろした。
「操血術!」
「――くっ」
真面に食らい、イザードは思わず数歩後ずさる。
その好機を克臣が見逃すはずもなく、一気にイザードとの距離を詰めると大剣を振り下ろした。
「これ以上、あいつらを傷付けることはさせない!」
「笑止!」
イザードは己の魔力を具現化させた剣で応戦し、二つの剣がぶつかり合って金属音を響かせた。キンッキンッと激しい競り合いが続き、ユーギと春直はその隙を穿つように克臣を援護する。
年少組の細かな攻撃は、流石のイザードをも苛立たせた。苛立つことで剣さばきは精彩を欠き、徐々に克臣優勢へと転がって行く。
「ぐっ」
「どうした? 子どもたちに邪魔されて、苛立ってんじゃねえか?」
「……ふんっ」
決して認めず、イザードは剣での戦いから魔力を使う戦いへとシフトさせた。克臣たちから距離を取って、裂けた巨木の下へと移動した彼の体全体から魔力が立ち昇る。思わず足を止めた克臣たちに対し、イザードは強力な毒の魔力を解き放って見せた。
「これでも喰らえ!」
一方、ジェイスとユキ、唯文は傀儡を相手にしていた。
「よかったんですか、ジェイスさん?」
「何がだい、唯文?」
変わらず髪の毛を主体とした攻撃を続ける傀儡のそれを躱しながら、ジェイスは唯文の問いの意味を察しながらも問い返した。
「何がって……その。あの傀儡は」
「そうだったとしても、最早あれはホノカさんではないから。……あの人が生きていたら、自分がわたしたちに敵対するなんてことを望むはずがないからね」
「……ジェイスさん」
「ぼくもそう思うよ、唯文兄」
「ユキ」
二人の間に下り立ったユキは、双方を見比べて微笑んで見せた。
「ほとんど覚えてないけど、母さんはいつもぼくらの味方だった。今も何処かで応援してくれていると思う。だから、絶対にあいつを倒す」
「そう来なくちゃね」
「……ですね」
ユキの決意とジェイスの決意に触れ、唯文は気を引き締め直す。目の前にいるのはリンたちの母親などではなく、倒すべき厄災なのだと。
「――さあ、決戦と行こうか」
ジェイスの言葉を合図に、ユキと唯文は飛び出した。
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