第533話 思いの強さ

 克臣が『竜閃』を発動し、彼を中心とした周囲が白い光に包み込まれる。それはジェイスたち仲間も同様であり、その範囲の広さに仲間ですら舌を巻いた。

 思わず防御のための氷の障壁を築いたユキが目を見張る。そして、誰ともなく尋ねた。

「……こんなに広範囲だったっけ?」

「いや、せいぜい半径数十メートルだったはずだ」

 ユキの問いに応じたジェイスは、『竜閃』が仲間たちの体をすり抜けていくことに気付く。白い光の竜は、間違いなく『この世の夜』の腕だけを狙って殲滅しているのだ。

 その半径は、余裕で一キロを越える。

 『竜閃』の中央で大剣を握る克臣は、竜を操りながら斬撃を生み出す。その瞳は真っ直ぐに『この世の夜』へと向かっている。

「おおおおぉぉぉぉぉっ!」

 獣のような叫びと共に、克臣の力を籠めた斬撃が放たれる。それは身の危険を感じた巨木による腕を使った防御を破り、本体へと届く。

 ――メリッ

 嫌な音が響き、イザードはひらりと地面へ跳び下りた。そして巨木を見上げ、思わず息を呑む。嘘だろう、と声なき唇が動いた。

 光の竜の突撃を受け、『この世の夜』の太く分厚い幹が真っ二つに裂けていたのだ。巨木は多くの枝をざわめかせ、葉を零す。真っ黒に変色した葉は枝から離れると同時に炭化し、さらさらと風に流されていく。

「これは……」

「流石に驚いたか? 『竜閃』は仲間を傷付けない特殊な技でな、普段ならば物理的なダメージを与えることも出来ない。だがな、今のはちょっと違うんだよ」

 ぐるっと大剣を一振りし、克臣は笑ってみせた。

「これでも特訓なんかはしてるんでね。ちょっと籠める思いを変えてみたんだ」

「思い、だと?」

「俺は普通の人で、魔力を持ち合わせちゃいない。だけどな、この大剣は俺の思いを力に変えてくれる。……だから、『この世の夜』を斬らせてくれって強く思った」

「たった、それだけだと言うのか?」

「たったそれだけ? 笑わせるなよ」

 頬に流れる血を手の甲で拭い、克臣は不敵な笑みを浮かべる。

「俺たちにとって、思いこそが力だ。願って、信じて、前に進む。だから、お前にも絶対に負けないよ。イザード」

「――小賢しい」

 イザードが呼ぶと、『この世の夜』にしだれかかっていた傀儡がゆるりと動き出す。巨木が割れたことで魔力の供給は失われたが、これまでの時間で籠められた力は計り知れない。

 次の攻撃を警戒し、克臣は大剣を正面に構える。彼の傍に、木が斬られたために追う必要のなくなった唯文とユーギが下り立つ。更に彼らの前に春直が操血術を全開にして立つと、イザードは面白そうに嗤ってみせた。

「ククッ、成程。お前たちがこの傀儡の最初の獲物か」

「あいつらの母親の体、これ以上好き勝手にはさせねぇからな」

 克臣が応じると、イザードのこめかみがぴくりと動く。わずかな変化だが、きっと大きな変化へと繋がると克臣は賭けた。

「お前ら、気ぃ抜くなよ!」

「「「おうっ」」」

 四人は同時に駆け出し、イザードと傀儡の攻撃を迎え撃つ。


 同じ頃、ジェイスとユキは戦場と化した元花畑を駆けていた。巨木から伸びる腕は全て消えたが、彼らの目的はその先にある。

 土が掘り返され、大きめの岩が転がる。そんな荒れ地の中に、半透明になったドーム状のものがあった。二人はその中に誰がいるのかをよく知っている。

「晶穂!」

「晶穂さん!」

「……っ」

 ビクンッと体を震わせた晶穂が顔を上げると、にじんだ視界にジェイスとユキの姿が見える。傷だらけになりながらも駆けつけた二人を見て、晶穂は堪え切れなくなった大粒の涙を溢れさせた。

「ジェイ、スさっ……ユキぃ……」

「晶穂、よく頑張っているな。この結界、解いてもらっても良いか?」

 結界を張られたままでは、直接労うことも出来ない。ジェイスがそう苦笑すると、晶穂は顔を真っ赤にしながら結界を解除した。

 ジェイスとユキは晶穂の傍に腰を下ろすと、彼女をそれぞれの方法で労う。ジェイスは頭を撫でてやり、ユキはぎゅっと抱き付く。

「リンを護ってくれてありがとう、晶穂。その後、どうなっている?」

「それ、が……目覚めないんです。時々うなされているようで、神子の力もどこまで役立っているのか、わからなくて」

「わかった。ユキ、わたしたちの周りに氷で壁を造ってくれるかい? あちらの激しい戦闘で何が飛んで来るかわからないからね」

「ぐずっ……はい」

 目に涙をためながらも、ユキはそれを拭って晶穂たちから背を向けた。両腕を前に突き出し、広げる。念じれば氷が膜となり、重なり合って強固な壁となっていく。

 ユキの背を見て、ジェイスはリンへと視線を戻す。晶穂の膝に頭を乗せたリンの顔色は悪く、汗と激しい呼吸が彼の危機的状況を伝えて来る。

 ジェイスはリンの胸に手をあて、瞼を閉じた。義弟の中で何が起こっているかを知るために探っていたが、不意に眉間にしわを寄せる。

「ジェイスさん……?」

「晶穂、リンの力の波動が弱い。この子が無抵抗でいるわけもないよな。何か、気付いたことはないかな?」

「気付いたこと……」

「些細なことで構わない。何か……うわ言のようなことでも良い。この子を助けるために」

「……ずっと、うわ言は呟いていました。何かと戦っているみたいで、わたしも何か手助けになればと思って力を使い続けたんですけど」

「それだ」

「え?」

 きょとんとする晶穂の目を見て、ジェイスは言った。

「夢?」

「推測の域を出ないけれど、リンは夢の中で呪いと戦っている。そして今、何かが起こっているんだ」

「待って下さい! 夢って、現実になるは、ず……いえ、そういう可能性もありますよね。夢は夢という一つの閉じられた世界なんですから」

「そういうこと。だからわたしたちに出来ることは、外からの手助けだけだ」

「……はい」

 晶穂とジェイスは頷き合い、リンの胸の上で手を重ねた。そして、目を閉じて夢の中にいるはずのリンへ呼びかける。

(リン。起きなさい、リン! こんなところでくたばるなんて、わたしたちが許さない! 克臣もユキも、みんな待っているんだ。――勝つんだろう!?)

(絶対に、大丈夫。一緒に戦おう、リン! わたしの力をどうか使って。絶対に、打ち勝とう)

 二人の力が合わさり、リンの中へと浸透していく。それは温かく、どこまでも温かな強い光だ。

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