第532話 黒い腕に囚われて
――ザンッ
剣が勢い良く『呪い』の胴体を真っ二つにし、倒れる。リンはそこでようやく足を止め、荒い息を整えようと肩で呼吸した。
「――っ、はぁっ、はぁっ。これで、どう、だ」
夢の中だというのに汗が止まらず、リンは滴るそれを拭うために手の甲で顎を撫でた。その間も視線は『呪い』から離さず、油断なくいつでも動ける準備だけはしている。
リンの視線を受ける『呪い』は、その感情のない瞳を虚空に向けていた。そこには何の動きもないように思えたが、リンの目は小さな変化も見逃さない。
ビクンッと『呪い』の右手中指がひくついたのだ。
「これでも、まだ倒れないのか」
「グ……オォ」
顔を歪ませ、リンは歯を食い縛る。夢世界だからこそ痛みを感じていないが、徐々に体中を蝕む痣の存在が気にならないわけではない。
しかし『呪い』はそんなリンを嘲笑うかのように再び立ち上がり、腕をぶらりと垂らして彼を視界に収めた。
「……いは、われヲ……でハ……ナい」
「何を言っている?」
深淵のような目が、リンを捉えた。
しかしリンの問いに答えるつもりはないのか、それとも他に言葉を知らないのか。『呪い』は粘り気のある液体を別れた体から出しつつ、それらをくっつけていく。ベチャベチャと嫌な音が響き、『呪い』はもとの形に戻った。
「くそっ、どうしたら……ぐっ」
伸びてきた『呪い』の腕がリンの首に巻き付き、絞め上げて来る。リンはそれから逃れようと剣を振るが、何度斬れても腕は繋がり力を増す。
「おマえ、ジャま。消しテ、セかい、カエる」
「うるせぇ。させるか、そんな、もん」
ギッギッと嫌な音が首から聞こえるのは、骨が軋んでいるからか。いよいよ夢と現実に境目がなくなってきたかと思いつつも、リンの瞳からは闘志が消えない。
「―――うルさいのハ、おマエだ」
「なっ!?」
突然『呪い』の腕が風船のように膨らみ、弾けた。広がったそれは、リンを問答無用で呑み込む。
ごくん。
「あバれる、ムクい」
大きな風呂敷包みを持ったように腕を膨らませた『呪い』は、満足げにそう呟いた。
一方、現実ではジェイスたちが黒煙の大木『この世の夜』との激しい戦闘を続けていた。それを文字通り高みの見物をするイザードは、ふと思い付いて視線を遠くへやっる。そちらには、戦闘に表立って参加していない者たちがいるのだ。
「あの子たちにも、相応の礼をしなくてはね」
イザードは大木の枝を撫で、スッと右手を挙げて晶穂たちのいる結界を指差す。
「『この世の夜』よ、あちらにも腕を伸ばしてはくれないか?」
彼の言葉を正しく理解したのか、大木の枝が風もないのにざわざわと鳴る。その異常は下で戦うジェイスたちにも気付かせるほどのもので、彼らは目で互いに合図し合った。全員疲労を抱えてはいるが、誰一人として休みたいなどとは言わない。
枝を一本叩き斬った克臣が、前方で空気の板に乗るジェイスの名を呼ぶ。
「ジェイス」
「ああ。ユキ、行けるか?」
「勿論っ」
ジェイスの求めに応じ、汗を拭ったユキはとんっと地面を蹴った。背中からは漆黒の翼が生え、身軽に乱れ襲い来る黒い枝を躱していく。
しかしそれでも不意打ちはあるもので、一本を躱した直後に眉間を突き刺そうとする枝が現れた。思わず目を閉じたユキの目前で、それは下から突き上げられる。
「ユキ!」
瞼を上げれば、目の前を飛び蹴りしたユーギが振り向くところだった。ニヤリと笑った彼を空中まで届けたのは、春直の操血術であったりする。
「ありがと、ユーギ! みんな!」
「早く行って!」
ユーギの声に背中を押され、ユキはグンッとスピードを上げた。伸びていく枝に追い付け追い越せの勢いで、ぐんぐんと距離を詰めていく。
「兄さんたちを、これ以上いじめるな!」
飛ぶ勢いそのままに、ユキは魔力を爆発させた。大量の氷柱を創り出し、黒い枝に向かって滝のように降り注がせる。そのために枝の直進速度が目に見えて落ちるが、決定打には欠けた。
「だったら」
ユキは自分の左を進む枝に手で触れると、そこから一気に氷漬けにした。パキパキと音をたてて枝が凍って行き、その一本の枝全体が凍り付いたことで動きを止めることに成功する。
「――っし」
「よくやった、ユキ!」
ガッツポーズをしたユキによって凍らされた枝を叩き割って粉々にした克臣は、更に晶穂たちへ向かおうとする無数の枝に向かって身を躍らせる。
飛び交うそれらは、今や人間の腕の形をしていた。掴みかかられそうになるのを紙一重で躱し、叩き折り続ける。
そして一旦地面に跳び下り、克臣は仲間たちに向かって叫ぶ。
「全員で、あいつらを護るぞ! イザードの狙いはリンだ!」
「これ以上、傷付けさせるか!」
ジェイスの魔力が爆発し、周囲の枝を吹き飛ばす。それを皮切りに、全員が力を振り絞る。
春直が操血術を展開し、ジェイスと協力して『この世の夜』の伸びる腕を封じにかかった。血の花が腕を捕らえ、気の弓矢が撃ち落す。
ユキはリンと晶穂のもとへと急ぎ、彼らに襲い掛かる木の腕を凍らせ砕く。それが円滑に進むよう、手助けするのが克臣と唯文、ユーギの役割だ。
「ユキ、どんどんやってけ! ただし、無茶はするなよ」
「無茶なんて、全員してるでしょ!」
疲労の影を見せながらも、ユキは氷柱を乱れ撃つ。それは無駄撃ちなど一つもなく、確実に腕を仕留めていく。
それを更に助けていく克臣は、走りながらリンたちのいる結界へと近付いて行く。
(流石にしんどいが……あいつらの辛さに比べたらっ)
奥歯を食い縛り、克臣は大剣を空へ向かって突き上げた。切っ先に光りが集まり、影たる腕が引き寄せられていく。
その光は竜へと変化し、聖なる技として顕現する。
「――竜閃!」
克臣を中心に、巨大な光の竜が唸り声を上げた。
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