この世の夜

第530話 イッツ・ショータイム

 イザードの言葉を受け、ごくんと唾を呑み込んだユキが呟く。

「この世の……夜」

「そうだ。お前たちの絶命と共に、世界は一度死ぬ。そして、この木のように新たに芽吹きを得て生まれ変わるのだ」

「生まれ変わらせて……世界を生まれ変わらせて、お前に何が残ると言うんだ!」

 しっぽの毛を逆立て、ユーギが問う。それに対し、イザードはフンッと鼻で笑った。

「簡単だ。私の望む世界。……だ」

 何も生きていない世界を望む。そのイザードの願いに、ジェイスたちは耳を疑った。

 動揺を悟られないよう押し殺し、ジェイスは落ち着いた声音で尋ねる。

「お前は自分の力を世間に認めさせ、頂点に立つことを目指しているのかと思ったが?」

「最初はそうだった。理由もなく私たちの力を忌み嫌う者たちへの復讐……それだけのために仲間を募り、突き進んできたのだから」

 しかし、とイザードは首を横に振る。

「結局、私について来られたのはアリーヤただ一人ではないか。他の者たちは、銀の華……お前たちに破れ戻って来ない。お前たちの信条を信じれば死んではいないだろうが、それならば、何故戻って来ないかということになる」

「……」

「答えは想像でしかないが、彼らが私について来れなくなったのだろうな。誰一人、弟でさえ戻らない。……あいつには元から期待など傾けてはいなかったが。ならば、私一人がいれば充分だということになる」

 ちらり、とイザードの視線がジェイスたちの後方へと注がれる。そこには、目を覚まして這うようにして顔を上げるアリーヤの姿があった。

「イザード様」

「アリーヤ、きみには感謝している。素晴らしい傀儡を、私の夢のために必要な道具を生み出してくれたのだから」

「イザード様……っ」

 敬愛する人に柔らかな表情で言葉をかけられ、アリーヤの顔が緩む。しかし、それも束の間のことだった。

「あぐっ!?」

 アリーヤの命令でしか動かないはずの傀儡の一体が、情け容赦なく彼女の首を掴んだ。思いもしない事態に見舞われ、アリーヤは顔をしかめる。

「この傀儡たちは、もう私の手に落ちた。だから、お前はもう用済みだ」

「そん……な……イザ……」

 アリーヤが再び気を失う。閉じた瞼の端から、透明な涙が零れた。唯一の救いは、彼女が既に倒れた状態であったためにそれ以上の大きな怪我をせずにいたことくらいだろうか。それも、アリーヤが生きていればの話だが。

 その一部始終を眺めることしか出来なかった克臣が、振り返ると同時にイザードへ食って掛かる。

「貴様、自分を慕う仲間ですらっ」

「お前たちには何も関係などないだろう? 内輪の話だ」

「はあ!? 仲間がいなけりゃ、デカいことは成し遂げられない。それは、俺たちが誰よりも知ってる!」

 肩を怒らせる克臣の言葉は、冷徹なイザードの耳には届かない。イザードの視線は木の幹へ、そして上へと移動する。

「この木には、私の力と同等の魔力が備わっている。……さあ、生き残ることが出来るかな?」

「わたしたちが死ぬと? そんなもの、全員でね付けてやるよ」

 売り言葉に買い言葉。ジェイスが冴え冴えとした笑みを浮かべるのと同時に、大木が真っ黒な枝を幾つにも分けて伸ばして来た。

 枝は鋭利な刃物のように鋭く、銀の華の面々に襲いかかる。

「はぁっ!」

「操血術!」

 ジェイスが宙に発現させたナイフを乱れ投げ、的確に枝を真っ二つにする。その後ろから飛び出した春直は、操血術を駆使して赤い花を咲かせ、破裂させるように枝を折った。

 彼らの後方では、ユーギが持ち前の身軽さと足技で枝を躱していたが、横から飛び出して来たそれに足をすくわれ、転倒する間もなく捕らえられる。

「うわっ」

「あんの、バカ!」

 グイッと宙へ放り投げられたユーギを跳んで抱き止めた克臣が、振り向きざまに接近していた枝を大剣で斬り飛ばす。更に背後から迫る枝に気付いたユーギの声に応じ、手を翻してそれも弾く。

「克臣さん!」

「ちいっ! ――かはっ」

 空中では、思うように身動きは取れない。落下しつつも枝をさばいていた克臣は、不意を突かれて背中を殴り付けられた。

 肺の中の空気を吐き出しながらも、ユーギを腕から離しはしない。

 そのまま自由落下した二人は、地面に激突する直前でジェイスの空気の壁に救われた。

 彼らを包み込むように受け止めたジェイスは、安堵の息をつく暇もなく新手を弾く。

「克臣、生きてるか!?」

「勿論だ。助かったぜ」

「だったら、必ず勝つよ」

「おうよ」

「ありがとう、ジェイスさん!」

 ユーギの礼にちらりと目を向けたジェイスは、わずかに唇の端を引き上げた。

「ぐっ」

「唯文兄、大丈夫!?」

 一方、ユキと唯文はまた別の枝と交戦中だった。

 唯文は枝を躱し切れず、頬を強打される。思わずよろけた彼の手を掴んだユキに、唯文は脳震盪を起こしつつも頷く。頬は赤く腫れていた。

「何とか、な。……立ち止まってる暇はない」

「だね」

 ユキは自分たちに殺到して来た複数の枝を一瞬で凍らせ、手を握り締めると共に砕く。

「人を呪っても、蔑んでも、生まれるものは虚無だけだ。その連鎖は、終わらせる」

「ああ。そしておれは、ユキたちのお母さんを自由にしてあげたい。じゃなきゃ、お互い悲しいもんな」

「……っ」

 思いがけないことばを聞き、ユキは顔を上げた。そこには、刀で枝を数本斬ったばかりの唯文が振り向きざまに笑っている。

 彼の言葉に、ユキは救われる思いがした。

「ありがと、唯文兄」

「お前もかなり冷静だよ。おれだったら、もっと錯乱してるだろうな」

「何でかな? でも、ぼくは独りじゃないんだって改めて思ったからかも」

「……そっか」

 二人は笑い合い、目の前の敵へ向かって突進した。

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